復讐の華を散らす2
転入生がくる前日になった。三日前まで、「今度の転入生ってきっと非王道か王道だよねー」とうるさかった腐男子である私の親友、立花七瀬熱があるのか? と、心配になってくるほどに今日は大人しい。
普段、あんなにも心を許した相手だけ構ってちゃんな七瀬だと言うのに。
いつもなら鬱陶しいほどじゃれついてくるのが、こんなにも大人しく座っている。……まぁ、何度か注意すれば落ち着いてはくれるのだけど……。
ここまで鬱陶しくなかったり、腐男子が好みそうな話をうんざりするくらいに聞かされないと、逆にどうしたのだろうか、実際に耳が真っ赤に染まっているし、本当に熱があるんじゃないかって心配になってくる訳で。
「どうした、七瀬。何か悩みごとか? 私で良かったら聞くけど……」
と、私はどうせ、普段の学生生活は全く似合わないと気づいている黒縁眼鏡をあえてつけることにより、高い地位や美形な容姿を持つことを隠し、生徒会の活動時のみ本来の姿を見せていることについて悩んでいるのかと思い、そう言えば七瀬は勢い良く真っ赤に染まっている顔を上げ、私の手を引いて歩き出す。
そんな七瀬の突然の行動にも、対して驚きもせず、行き場所は恐らく周りに聞かれたくないことがある時に行くあの場所だろうなと考えながら、抵抗せずに大人しく着いて行った。
七瀬に連れて行かされたのはやっぱり、予想通り図書第二室だった。
図書第二室は滅多に使うことのない、旧図書室の地下にある部屋だ。……と言うよりも、旧図書室がある旧校舎に文芸部の生徒や一部の教師が入ることが許されていても、基本的には旧校舎の立ち入りはどんな立場の生徒でも校則違反とされている。下手すれば、退学ってこともある。
私もいつ誰に見られても良いように、文芸部に所属しているんだよ。……特に文芸部らしい活動はしてないけどね、部員は私と七瀬だけだからさ。彼は会計本人だから文芸部に入る必要なんてなかったけど、普段は変装して過ごしているでしょ? だから、そのことがバレないように予防線として、この部活に入っている訳らしい。
さてさて、何故こんな面倒くさいことになっているかと言うと……!
七瀬はね、実はここの学園の理事長の息子なんだってさ。で、自分の父である理事長に生徒会会計の役職をついた後、生徒会長になれと言われていた。
だが、彼は人付き合いが得意でないから、一度はその頼みを断ったのだが……、人付き合いをすることを疲れた時の休憩所にして良いと言う条件で、その頼みを引き受けたらしい。
表上は会計の管理下にすることにより、不良のたまり場にならなくて学園側も一石二鳥ってな訳。そうする理由は取って付けたようなもんだし、理事長直々からの仕事だからさ、不自然さを感じても言える訳がないし。
まぁ。そんなことはひとまず置いといてさ、七瀬の悩みごとについて聞いてあげないといけないな。
私は周りに聞かれたくない話を、ここで聞く時の定位置である図書第二室のドアに寄りかかった後、未だに顔の熱が引いていない七瀬に対してこう聞いた。
「で? お前が悩んでいることは何なんだよ? 話すだけ楽になるぞ?」
と、そう私が言えば……、七瀬らしくないボソボソとした口調でこう言う。
「……柊美里先生っているでしょ? たまたま、タイミングが悪い時に提出し忘れていた課題を持ってっちゃってね、……そしたら……」
と、そう七瀬は言った後に動揺したような表情をしながら言葉を詰まらせた。その後、直ぐに言うことを決意したのか、自分を落ち着かせるように深呼吸を何度かし、やっぱりらしくもないボソボソとはっきりしない声でこう言った。
「……着替えているところを見ちゃったんだ。それで美里先生、女の人じゃなくて男で……。それよりも驚いたことは、何処か雰囲気が夜篠に似てたから、夜篠の血縁ですかって聞いた途端に……。じょ、上半身裸のまま、壁にドンってされて……き、キスされた」
と、そこで途切れた会話の内容を聞いて、私は間違えなく日和兄さんだと確信した。はっきり言って七瀬は、あの人の好みだ。可愛い可愛いって言ってたから、正体がバレれば遠慮なしに落としにかかってくるだろうと思う。
日和兄さんに狙われれば、絶対に逃げることは出来ない。……あの人に恋をすると言う、未来からさ。
日和兄さんが私の“兄”だと、七瀬に言ったのかはわからないけど……、どのみち知ってても知らなくても、変わらない事実だろうから言ってしまおう。
「あー。七瀬は日和兄さんのお気に入りだからね、物理的に口止めされたか。……手遅れだろうけど忠告しておく、日和兄さんは本気で手に入れようと思ったものは全て手に入れているから……、七瀬はもう逃げられないかもしれないよ?」
と、私はそう言えば、七瀬は元々真っ赤に染め上げていた顔を、沸騰したヤカンのような音を立てながら、さらに真っ赤に顔を染め上げていた。……これ以上、日和兄さんに何をされたかは探らないけど、手遅れなのは間違いないな。
そう考えながら、同時にあの人って言う人は……と考えつつ、深いため息をついた後、内心で呆れていたのだった。