古本屋で貴方と二人1
俺は志藤朱鷺、大学四年生で就職先の候補を探しつつ、図書室と言うよりも図書館並みに広い、大学の図書室で考えごとをするのが最近の日課になってしまっており、友人達に何故か「燃え付き症候群」になったんじゃないかと、心配をされ始めている今日この頃。
幼い頃から、自分の想像したことを“表現”することが好きだった。
絵を描いたり、小説を書いたり、音を奏でることがとても好きで。
それは大学生になった今も、変わらずに俺が続けられている趣味。
大学とは自分の得意なことだったり、好きな分野を学ぶことが出来る。
俺は関心のあるもの以外の勉強は、全くと言って脳が覚えようとはしてくれなかったから、自分の好きな教科とそうではない教科の成績の差は天と地の差があったのを、修学旅行の時の記憶よりもとても印象深く覚えている。
義務教育、高校の時よりも大学では勉強の分野のみ、生き生きと過ごせている毎日だったため、大学の前期のちょっと前くらいに卒業に必要な単位を取り終えてしまった。あと、残されている課題は卒業製作だけとされているが。
美術、書道科コースな俺は卒業製作を水彩画の絵を三作品と、その三作品についての作文(一作品につき、五万文字以上)を提出することにしたのだが、そのうち二作品は仕上げ、作文も書き上げ終わってはいるものの、最後の一作品が筆を取ることもままならないほど、描きたいと思い描いているものに何かの要素が足りず、取り憑かれたようにそれを描きたいと思えていないようだ。
何が足りない、そんな気持ちを抱いたのは初めてではない。……でも、ここまでその要素を見つけ出すのに時間が掛かったのは初めてで、友人らが心配していることは強ち間違ってはいないのかもしれないと、内心の何処かで少しだけ、思い始めてしまっている自分が現れてしまった。
ああ……、絵を描きたい。だからこそ今は描くべきではないのかもしれないと考えながら、友人に待たずに帰ると連絡を入れた後、俺は目的を持たずにふらふらと、考えることなくただひたすらに街を歩き始めたのだった。
いらっしゃい! と、生き生きとしたおばちゃんの声が聞こえてくるが、逆に俺は何故か目眩がしてきて、それでも歩き続けようとしたせいか体力が一歩踏み出す度に、二倍三倍と体力が奪われていく。そう感じてから三歩歩いた後、ついに体力が底についてしまったのか、意識が遠退いていくように感じた。
完全に意識がプツリッと途切れる前、心地好い低音の声が俺に「大丈夫か?」と尋ねたような気がしたが、申し訳ないことに最後の気力を振り絞っても声すらも出すことは叶わず、心地好い低音を奏でるこの男はどんな顔をしているのだろうか? と考えながら、無念にも意識が途絶えた。
次に目を覚ましたのは一心不乱に絵を描き続けたため、壁についた絵の具を落とすのも面倒くさくなる程に重ね塗りされた自室の壁でもなく、絵の具の匂いが染みついた布団でもなく、シンプルながらもオシャレさのあるマンションに、思わず猫がゴロゴロと喉を鳴らしそうなくらいに日光の布団に横になっていた。
何処だろうか? と思いながらも、我ながら危機感と言うものを何処に置いてきたんだろうかと思うくらいに、見知らぬ布団に更に顔を埋め、二度寝をする体勢に入れば近くからドアが開く音がした。
「起きてるんでしょ、君。無防備のままで眠っていると頭からパクりと食べちゃうわよ、良いのかしら」
と、そう言われ、俺は勢い良く飛び起きた。中性的で女性の声のように色香のある声の持ち主は女性らしい口調を使ってはいるものの、タレ目をした中性的で美人な容姿をする男はそんな反応を見せた俺に対して上品な仕草でクスクスと笑いながら、その声で「お早う」と言ってくる。
そんなことを言った男よりも、俺が興味を持ったのは男が発した言葉であり、起こすための冗談だったのかと思うと残念な気持ちを抱いていた。
「俺を頭からパクりと食べると言ったから、そう出来てしまう口はどれだけ大きいのかと興味を持ったから起きて見たものの、ただの冗談だったのか」
と、思わず内心思っていたことを口を滑らせそう言えば、男は引いたような表情を見せてきた。
少し変な性格をしていれのは自覚済みだ、それよりも昨日助けてくれたあの男に会いたい。顔を見てみたかった男はコイツじゃない、別の誰かだ。
「昨日助けてくれた男は何処ですか。直接お礼を言いたいのですが、会わせて頂けないでしょうか」
と、そう言えば、
「あら? 助けたのはあたしよ。もう会っているじゃないの」
そう言われてしまったため、俺は言い方を変えてもう一度頼んでみる。
「違います。俺が会いたいのは、一番最初に大丈夫かと聞いてくれたあの心地好い低音の声の持ち主です。貴方ではありません」
と、そう言えば男は驚いたような表情を見せながら、俺にこう聞いてきた。
「ねえ、貴方。……芝崎翠ってご存知かしら」
と、そう聞かれ、絵ばかり描いている俺はテレビと言うものをあまり見ない。と、言うよりも、より多く絵を描きたかった俺はテレビすらも買わずにいたから、今の流行という話題にすこぶる弱いのだ。
「知りませんね。有名人ですか? 家にはテレビがないもので、今の流行という話題には弱いんです」
と、淡々とそう言ってやれば「大体の子があの子に会うためにそう言うのだけど、嘘ついているように見えないから不思議よね」とそう言われ、失礼なと内心で少し苛ついた。
「まあ、いいわ。貴方には特別会わせてあげる。嘘ついてないみたいだしね」
と、そう言われ、連れて行かされたのはこじんまりとした、個人で運営しているであろう古本屋だった。




