復讐の華を散らす9
「やあ、刑事さん」
ライトグレー色のタキシードを着て、仮面をつけた怪盗であるこの男は、刑事である米峰陽一に無防備のままそう話しかけた。
本来なら追われる立場である男が、何故わざわざ危険をおかしてまでも警察署にいる陽一の目の前に現れたのか、怪盗であるこの男が理解出来なかった。
そんな陽一を見て怪盗は笑う、嘲笑うかのような笑い方をして。
そんな怪盗の様子に、陽一は苛ついたような態度を見せた。「完璧」と言う通り名で呼ばれるこの男の考えていることを、簡単には理解出来ないことを。
何しにきたのか、敵であるはずの陽一に何故無防備な姿を晒すのか、考えても答えに辿り着くことは出来ない。「完璧」と呼ばれるこの怪盗は何を考え、どう盗んでいるのかもわからないのに、心情を察することなんて出来るはずもなく、苛つきが高まるだけだ。
苛つきを見せている理由を見透かしているように、怪盗は貴族かと錯覚してしまうくらいに、上品にクスクス笑った後、無防備な体勢のままこう言った。
「まあまあ。そう苛つかないで下さいよ、刑事さん? 苛つくと見えるものも、見えなくなってしまいますよ。今回は盗む予告ではないのですから、そう警戒はしないで下さい。予告をしに来ていたのなら、こんな無防備な姿を晒したりなどしませんよ」
そんな喋り方に、一時期この怪盗は貴族なのでは? と、考えたこともあった。が、二十代、三十代の貴族を調べあげたのだが、陽一は認めるのは悔しいが、この怪盗の仕草の上品さには負けていたのである。
貴族ではないのなら、この男は何者なのだ? とそう考え込むほどに、この怪盗の思い通りになっているような気がして、悔しくて悔しくて堪らない陽一は、何通りの可能性を探り出し、こうやって遅くまで資料とにらめっこをしている訳なのである。
陽一が警察官になったのは今から十年前、十七歳の時からこの怪盗は相変わらず、刑事よりも何枚も上手だった。もう少しで捕まえられそうだったのにと言うことすらも一度もない。
そんな怪盗が無防備な姿で、予告しに来る訳がないと判断した陽一は、上の階にいる上司に知らせることなく、怪盗が何かを話すのを待つ体勢に入った。
「貴方が話が通じる人で良かったです。そんな貴方の判断に感謝の気持ちを込めて、本題に入る前に一つ、良いことを教えてあげましょう。私が怪盗になった理由は、“警察”が嫌いだからですよ。警察が私を……、怪盗にさせるきっかけを作ったのです」
と、そう怪盗は言った。そんな言葉に、陽一はとても驚いていた。
では、何故嫌いなはずの警察官の一人である陽一の目の前に現れたのかと。
そんな心情を読み取ったかのように、怪盗は穏やかな声でこう言った。
「私が貴方の前に姿を現したのは、刑事なはずなのに“刑事”になりきれていないからですよ。だから、話次第では貴方は私との“取り引き”を受け入れて下さると思いましてね?
ああ。安心して下さい、この取り引きは貴方にとっても悪くないと思います」
と、その言葉に陽一は怪訝そうな顔をしながらも聞く体勢を崩さなかった。
◇◆◇◆◇◆
怪盗に言われたことは、所詮は推測に過ぎなかったが、陽一はその話を聞いてその話が嘘のようには思えずにいたが、確信が持てずあと一歩が踏み出せなかった。……怪盗の口から“とある話”を聞くまでは。
「貴方は例え、刑事になりきれていないとは言えど、根拠のないただの推測だけで動けるくらいに何でもかんでも“信じる”人ではないとはわかっていました。ですが、あの子を止めるためには貴方の協力が必要不可欠なのです。
そのためにもう一つ、……良いことを貴方に教えて差し上げましょう」
と、この怪盗に協力をするかどうかを、迷っていた陽一は十年間、何も語ることのなかった怪盗がもう一つ、何かを教えてくれることに驚きを感じつつ、勢い良く顔を上げた。
そんな反応を見せた陽一を、クスクスと上品に笑った後にこう言った。
「十五年前、とある貴族とその使用人が何者かによって暗殺されました。
その貴族には二人の息子がおりましたが、未だに行方不明のままです。
今から二年前、その二人の戸籍は死亡と記されてしまいました。そして、十年前明らかに他殺だと言うのに“心中”として事件を解決されてしまいました。
……貴方はその事件を覚えてらっしゃいますか? 十年前、心中として事件を解決された年に入ってきた貴方なら、覚えているかと思ったのですけど……?」
と、そう言えば、一瞬で陽一の表情は変わった。その表情は、まるで仇討ちを決意するような表情で。
そんな陽一の表情を見て、怪盗は初めて動揺するような表情を浮かべたが、直ぐに相変わらずのポーカーフェイスへと戻り、淡々としてこう言った。
「…………生きてますよ。十五年前、あの事件から行方不明になっている新雪日和と、新雪夜篠は」
と、そう言えば陽一は何かを察し、怪盗へと駆け寄り抱きしめた。
抱きしめる陽一から逃れようともせず、怪盗は静かにこう言った。
「……ここまで教えてあげたんですから、協力して下さいよ。それと裏切ったら承知しませんから」
そんな言葉に陽一は、
「勿論、……喜んで協力させてもらうよ」
と、まるでこの時を待っていたと言うかのようにそう返事をしたのだった。




