小話:ホワイトデーは突然に
すいません、ネタです。
それは朝食を終えてのんびりと食後のお茶を飲んでいた時のこと。
膝の上に頭を載せてくつろぐシロを撫でながら、頭の上で元気に囀るチュンの可愛らしい声に耳を傾けつつお茶を飲むのは最上のリラックス空間だ。
ほふぅ、と息を吐いたタイミングを見計らったように正面に座る上司様は口を開いた。
「何か欲しいものはありますか?」
「ど、どうしたんですか突然」
「今日はホワイトデーでしょう。色々考えたのですが、直接聞いたほうがいいかと思いまして」
どこか申し訳なさそうな笑みを貼り付けた上司様の言い分に心底ホッとした。
数日前にカフェの店長から『須川からホワイトデーのお返しに何をプレゼントしたらいいでしょうか』と相談されているというメールが来たのだ。
で、そこに書かれていたプレゼントっていうのが色々常識はずれだった。
パティシエやショコラティエを一流ホテルに呼んで私好みのスイーツを作成させるとか、力のある動物霊を式としてプレゼントする、どこかの店を貸し切ってホワイトデーのイベントを用意させる等。
庶民である私の感覚からは到底理解できない色々なプランが報告された。
もちろん全部却下しましたよ、ええ。
動物霊に至っては須川さん直々に神様と掛け合うつもりだったって言うんだから色々ぶっとんでる。
「じゃあ、えーと…今日と明日はお店を休んで温泉にでも行きませんか?ほら、丁度忙しい時期も終わりましたし疲れを取るってことで慰労会もいいかな~って。ぶら~と温泉地を観光するのも結構癒されると思います!」
「本当にそんなことでいいのですか?」
「私にとっては十分すぎる贅沢ですっ!」
余計なことを言われないように慌てて伝えると上司様は「謙虚ですよね、優君は」と困ったように微笑んだ。
いや、かなり無茶なお願いしてますからね?
店を休んでまで旅行に連れてけって要求したら普通はクビの一つや二つ飛びますから。
しかも、少しだけ高いチョコの詰め合わせのお返しに要求してるんだから非常識この上ない人間になっちゃってるんだ。残念すぎる。
でもなーと、こっそり須川さんの様子を伺えば早速といった風に手紙を書いていた。
手紙の種類を見る限りでは式に運ばせるのだろう。
「手配はこれでいいでしょう。店は…そうですね、療養も兼ねて一週間休みにしましょうか。緊急の用事があれば手紙が来ますから問題ないでしょう」
「い、一週間も?!」
「ええ。これから行く場所の神々にも挨拶したいですしそれを考えると妥当だと思いますよ。さ、行きましょうか」
「行くってこのままですか?!準備とかしないといけないんじゃ…」
「?準備、ですか。ああ、霊刀は持って行った方がいいですね。術符と御神水はあちらでも用意できますから特に必要なものはないでしょう。衣服などの心配をしているのであれば、すべて購入するので問題ないですし」
今なにかとんでもないことサラっと言いませんでしたか。
いや、別にいいんだけどさ…須川さんは早速出かける準備してるし。
私の主張なんてほとんど通らないからね、うん。
「さ、出発しますよ。面倒ですから家の運転手を使って空港まで行きます。空港で待機するようなら須川家の飛行機を出しますのでそれで移動しましょうか」
(なんか今、さらっととんでもない発言があった気がするんだけど気にしたら負けだ)
はい、と返事をして私はいそいそといつの間にか正し屋の前に止まっていた国産の高い車に乗り込んだ。
ちなみに車の中は非常に快適で座り心地が良すぎるシートと殆ど揺れない社内でのんびり国産の百%オレンジジュースをいただきました。
なんやかんやで金持ちすぎる移動を終え、観光地で観光と食事をした後に旅館へ向かったんだけど…物凄いVIP対応で腰抜けるかと思ったね。うん。
慣れてるらしい須川さんは優雅に旅館へ入っていったけど隣にいる私は始終ビクビクしっぱなしだった。
「来年のホワイトデーは海にしましょうか。海の幸も好んでましたよね?」
「はい!山の幸もいいけど海も美味しいものが一杯ありそうな…やっぱ浜焼きとかがいいですよね。下手に手を加えるより豪快にバーっと焼くのが美味しいんですよ」
「では来年は海にしましょうか。よさそうな所を手配しておきますね」
そんな会話をしながら普段しない話をしつつ、三倍返しどころか三十倍返しのプレゼントを頂いちゃいました。
…あんまりにも申し訳なかったから須川さんの留守中にこっそり体験でお茶碗を焼いて渡したら大変に驚かれました。
多分、丁度いい箱がなくて夫婦茶碗と書かれた箱に入れたのも驚きの原因かと。
悪気はないんだ、悪気は。
オマケ *入浴後の団欒*
「須川さん」
「はい。どうしました?」
「なんで布団が並べて敷かれてるんでしょうか」
寝るスペースは和室。
見るからにフカフカで寝心地の良さそうなお布団が仲良さそうにピッタリくっ付いて敷かれている。
私も須川さんも無言でその和室を眺めて、室内に沈黙が横たわった。
「……少々、情報の行き違いがあったようですね。確認してきます」
濡れた髪と肌触りのいい生地で作られた薄手の浴衣。
ほんの少し襟元が開かれ見事な胸板がチラチラ覗く色んな意味で目に毒な姿の上司様は、壮絶な色気を醸し出しながら笑った。
「(これはまずい!これはまずいよ旅館の人ぉおぉお!)だ、大丈夫ですよ!ほら、今日は移動で疲れたし布団もふかふかそうだし十分すぎる程広いからこのまま寝ましょうっ!ねっ?」
「私は構いませんが、優君は私と床を共にしてもいいのですか」
「全然問題ないですって。私どこでも寝られますから!船の上で寝かけて落ちそうになったり、倉庫で爆睡したり、バスで立ったまま寝たりもしたくらいです。いくらどんなに綺麗で色気爆発な須川さんと同じ部屋で寝ることになったって朝まで気持ちよく寝られる自信がありますっ!」
どんっと胸を張って言い切れば、隣で額に手を当て項垂れている須川さんの姿。
なんだろうと首をかしげていると諦めを盛大に含んだ苦笑いを返された。
「そうですね、疲れましたし寝ましょうか」
「ですよ。朝ごはん食べ逃すのも嫌ですし!」
「……朝食に負けたんですね、私は」
「?なにかいいましたか?」
「なんでもないですよ。おやすみなさい」
.
ホワイトデーを過ぎましたが、一応企画物ってことで。
ただ単に報われない上司様が書きたかったという罠ww