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主殿の御為ならばっ!


何を隠そう、動物ネタが大好きです。

犬かわいいよ。犬。もふもふだよ犬。もふもふしたいもふもふ。

.





※動物的視点がお嫌いな方はまわれ~右っ!







***








 私は、彼女の為ならどんなモノにでも立ち向かえる。






 朝。



私は目覚めと共に簡単に身なりを整え、主である優様の無事を確認する。

「べっど」という寝台の上で気持ちよさそうに眠っている優様とチュンと名付けられた夜鳴き雀の姿を視界に収めてから、部屋を出て向かうは須川殿の気配がする場所。


 須川殿は優様の上役にあたり怖ろしさすら感じるほどの強大な霊力の持ち主だ。

恐らく彼にできないことは死者を甦らせることくらいだろう。




「おはようございます。見廻りが済んだら優君をたたき起こしてきてくださいね」




心得た、と一度頭を垂れてから玄関へ向かう。

草色の着物に身を包んだ須川殿に見送られ、私は“外”へでる。

朝独特の澄んだ空気は霊力を研ぎ澄ませ、高めてくれるのだ。


 てくてくと歩きなれた道を歩く。


今の私は、霊力の少ない者や無に等しいものでも見えるので道を歩くたびに声をかけられる。

程よく湿った土や草、石畳の上を歩いていると優様がよく立ち寄る花売りの女将と目があった。福神のように豊かな体つきと丈を縦に割った様な清々しい気質をもつ女人だ。




「あらあら、今日も早いわね」



「わふ」




無論だ、と伝える為に口を開けば花売りの女将はくしゃりと顔をゆがめた。

愛嬌がある笑顔だと誰かが言っていたが親しみ深いといえば親しみ深いかもしれない。




「人懐っこいところはやっぱり飼い主に似たのかねぇ?優ちゃんも懐っこいし」




なでなでと優しい手つきで頭や喉の当たりを撫でる花売りの女将は、私を見ながら楽しそうに笑った。


 優ちゃん、というのは言わずもがな私の主を指す。

私とて敬愛してやまない優様に似ていると言われるのは光栄でとても嬉しいことなのだ。

嬉しい、と思う前に体が素直に反応して尾が揺れ始める。



「そうだ。折角だし、これ上げるから持っておいき。といっても、商品にならないヤツだけど、観賞用には充分だからね」




そういって首紐に挿されたのは、橙色の鮮やかな植物。

我々の世界では夜道を照らす提灯としてよく用いられている。




「もうそろそろ鬼灯祭りの準備が始まるから仕入れてきたのさ。正し屋さんには贔屓にしてもらってるし、アンタが来るようになってから嫌な客が少なくなったからね」




まぁ、魔除けや厄除けの象徴でもある私の霊力が残っているせいだろうな、と考えて一度だけぺろりと荒れた手のひらを舐める。

 この手は優様の髪を良く撫でたり、背を叩いたりする手だ。

微かに優様の残り香がするので嫌いではなく心地いい。




「明日も待ってるよ」



「わうっ」




尻尾を振って踵を返し、留めていた歩みを進める。

 歩きながら、視界の隅をかすめる橙色に普段以上に気分が良くなった。

きっと優様も須川殿もこの小さな土産をみたら喜ぶだろう。






「あら?正し屋さんのところのワンコちゃんじゃない。鬼灯なんてつけて朝のお散歩?」



「へぇ、中々粋じゃねぇか。そら、これも持ってけ。鬼灯祭りに出す試作品だ」



「ちょっと和菓子屋の旦那、それはないでしょう。ウチだって負けちゃいませんからね!あんたー!ちょっと例のやつを2つ包んでおくれ!優ちゃんに試食してもらうわよ」





甘い匂いのする橙色の包に気を取られていると、色々な人間が集まり始めた。

 そして私の首紐に色々なものを括り付けていく。

どこか楽しそうに私に触れ、荷を増やしていく彼らは気づいていないのだろう。



(私の首紐に物を括り付けた時点で供え物、になるんだが)



供物が多ければ多い程、私の使える神に力が付く。

結果的に私の力が強くなるので彼らにもたらされる利益も多くなるのだ。

朝独特の爽やかさと活気を感じながら私は朝の巡回を続けた。

 


 出会う者、視界に入る同じ類のモノ、景色や香りは飽きることなく私を愉しませる。

 

 優様が暮らすこの街ははるか昔の街並みとあまり変わらない。

見慣れないものも増えたが、それらは上手く外観に溶け込んで馴染んでいるように思う。



ここは不思議な場所だ。



我々のようなものも多く、神々との接点も数多くあるこの場所を愛おしく思っている神々は少なくない。

 


 月に一度、開かれている祭りは神族らを歓ばせ、力を与える。

人間たちは時を愉しみ、生活の礎を築く為の力を蓄え、育てている。

相互扶助の精神が生きた実にいい循環だ。

 そんなことを想いながら巡回を終え、見慣れた建物へ戻ってくる。

玄関の軒先には庭木の手入れをしている須川殿がいた。




「おかえりなさい。随分、色々な供え物をいただいてきたようですね」


「くうん」




これらは優様と須川殿へ、と託されたものだ。

ぺたん、足元に腰を下ろし括り付けられた荷を解きやすいように顎を上げると目の前に人が屈む気配がする。




「私と優君に、ですか。でも供え物であることに変わりはありませんし、一度棚にあげてから頂くとしましょう」




寝坊助な部下をたたき起こしてきてくれますか、と霊力の籠った笑顔を向けられて私は思考する間もなく首を縦に振って歩き出していた。




……できる限り、須川殿とは闘いたくないものだな。







●○●





 歩きなれた建物の中を歩き、優様のいる寝台へ歩み寄る。

優様は出ていった時と変わらずくぅくぅと健やかで穏やかな寝息を立てていらっしゃった。

本来ならばこのまま自然に目が覚めるまで眺めていたいのだが、須川殿の命を受けているので起こさざるおえない。

チュンは私が室内に入ったときにはもう既に目を覚ましており、優様のお顔にその体をすり寄せていた。




『優さま、なかなか起きないんだ。手伝って』


『そのようだな。どれ、少しどいてくれぬか』


『りょーかーい』




 トコトコと小さく跳ねて優様から離れたチュンを確認した後、寝台へ前足をかける。

ぐっと近くなる主の匂いに尾が揺れるのがわかった。





 私は優様に三度みたび、命を救われた。

ヒトの子に仕えたいとなどと思ったのも優様だったからに他ならないのだ。

この方でなければ使役されたいなどと露ほどにも思わなかっただろう。

ヒトなぞ、愚かで浅はか…それでいてどうしようもなく弱きものだと思っていた。



 優様は我らを“使う”ことにいつまで経ってもなれないのだが、私もチュンもそれすら好ましく思っている。

主従関係を結んでいるとは思えないほど対等に我らに接して下さるのだ。

心地よい温度と心安らぐ暖かな香りをまとって、傍にいることを認めてくださっているだけでなく、常に信頼し尊き命を私のようなモノに半分あずけてくださったのだ。

これが我らにとってどれほどの喜びであるかはヒトには分からぬだろう。

 


 山神様という絶対的な存在から見放されるような、出来損ないの私に命をあずけて微笑んでくださる。私にとって優様は神にもひとしきお方だ。

鼻っ面を静かに優様の頬に押し付ける。

 ……コレで起きてくださればいいのだが。




「む、う」



「わぅ」




 やはり、だめか。

優様は朝が苦手でいらっしゃる。

無礼を承知で言い表すならば、須川殿も呆れるくらい寝に汚い。

 無論、優様も自覚しておられて何か大切な行事などがある時は我らに朝起こして欲しいと非常に可愛らしい『お願い』をしてくる。

ここで命令をしないあたりが優様らしいと我らは思い、今まで以上に役に立ちたいと決意を新たにするのだ。




「ちちちちっ」


「……わふ」




 畏れ多くも私はそのままベロン、と優様の頬を舐める。

彼女が目を覚ますまで彼女の頬や唇を舐めるのだが……私にとってこれは褒美に近い。

尾がブンブンと左右に揺れているのがわかる。

式である我らは優様を非常に好いているのだから。

名を呼ばれ、何か用事を仰せつかるだけでも光栄で誇らしい気持ちになる。



 そして我ら山神様の眷属は舐めることで敬意や好意などを伝えるのだ。

本来なら、おのが主にそのようなことはしない。

しない、というよりも畏れ多くてできないのだが……優様はこうすると困ったような顔をしながらも喜んで下さるのだ!これほど嬉しいことはない。




「……うー……?しろ?」



「わう!!」



「おはよー…起こしてくれてありがとね」




私は優しく、慈しむように撫でられる喜びを覚えてしまった。

どうしようもない喜びに尾が激しく空を切る。

幸せだと目を閉じると、体を引き寄せられそっと柔らかな腕の中へ招かれた。




「むふふ~、シロ、おひさまの匂い~」



「わ、わぅん」



「今日も相変わらずもふもふしてるのにサラサ…む?」



「?」




突然動きを止めた優様に首を傾げると彼女は目を輝かせて私の顔を掴む。

大きな瞳に己の姿が映っているのが嬉しくて思わずぺろりと顔を舐める。







「この匂いは、かぼちゃのお菓子っ?!よしっ、朝ごはんは久々に甘い物だよっ!!」





文字通り飛び起きた優様の後を追って部屋を後にした。

開けっ放しにされた部屋の扉を閉めると頭の上から愉しそうな声が聞こえてくる。




『優さま、嬉しそうだったね~。最近ずーっと“おしおき”で“おあずけ”されてたもんね~』



『そうだな。優様もよくこの苦行にお耐えになられた。我らも行くぞ』



『あれ。なんか、上司様…おっかない霊力かもしだしてない?優さま大丈夫かな…?』



『!駆けるぞっ、振り落とされないようしっかり掴まっておけ!』





全力で階段を駆け下りた我らが見たのは、笑顔で犬神様顔負けの神気に近い霊力を放出している須川殿とその前で正座していらっしゃる優様の姿だった。

 一体何があったのかはわからなかったが、とりあえず我らも優様の傍らへ移動し床の上へ座る。

見上げた須川殿の威圧感といったら修行で命のやり取りをし合った者共とは比べ物にならないほど凶悪だった。





「須川さん!そろそろ足が限界ですっ!お腹すきましたっ!!顔も洗いたいですっ!着替えもしたいですっ!!」



「わかりました。金縛りをかけるのでそのまま後1時間反省してくださいね」




「うぇえええぇ!?な、なんでです ウビャっ!?ちょ、ちょちょとちょ、し、しびびび…しびれるぅううぅうう!」




「おや。私としたことがうっかり術を間違えちゃいました」



「わ、わわわわざとですよねっ!?ぬぎゃ?!つ、次はなんか周りがぐるぐるし…ひぎゃあぁぁあああああ!!!すが、須川さんの後ろになんか黒いのがものっそいいるぅううぅううううううぅうう!!!ど、どっから拾ってきたんですかっ!!?!」



「倉庫の封印が解けたみたいですね。丁度いい、優君頑張って退治してくださいね♪これも修行ですよ」




「お、鬼上司ぃいいいぃいいいぃいいい!!うわぁあああぁん」







我々は優様が邪悪なるものを退治される様を存分に見学させていただいた。

見事な太刀捌きといい、軽快な足さばきといい、朝とは思えぬ声量といい…我らも精進せねばと決意を新たにした。







…ただ、少しだけ優様がお労しく見えたのは間違いなく須川殿が始終愉しそうに微笑んでいらしたからであろう。










.











 相変わらずオチも意味もないです。

純粋なる正し屋の日常です。なむ。

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