猫のいる風景~通学路にて
そこは、私たちが高校へ通う通学路だった。
小さな歓楽街のはずれにある、車1台がやっと通れる狭い路地の入り口には、スナックが入った白いテナントビルが建っている。そのビルの前を通り過ぎると、そこから先は、古くからの住宅が立ち並んでいる。
風情のある板塀や古いけれどきちんと掃除されている門、砂埃のついていない赤い郵便受け、打ち水がされている玄関先など、整った雰囲気がある路地だった。テレビに出てくる下町のような道にはみ出た植木鉢や自転車は見当たらない。そのかわりに、どうやって入れたのかわからないくらい狭い場所にきっちりと収まっている乗用車があった。
その路地では不思議と通学途中の高校生としか会わなかった。ごくまれに、通勤途中と思われるスーツを来た男の人とすれ違うことはあったが、そこで生活している人かどうかはわからない。
そのかわりに、猫が、やたらと多かった。ブロック塀の上を白い猫が歩き、板塀の下からは、白い足袋を履いた黒猫が飛び出す。大きな門の前では、日向ぼっこをしているトラ猫が薄目を開けている。道路と家の境の細いコンクリートの上を、気取って歩いている、白黒のぶち猫。
私たちは、猫には気にも留めずに朝から元気いっぱいにガールズトークをしている。
それが、毎朝の風景だった。
ある天気のよい朝だった。前を歩いていた二人の友人が急に立ち止まる。後ろを歩いていた私は、何が起きたのかと友人の肩越しにのぞくと、不思議な光景が広がっていた。
道の真ん中で、7~8匹の猫がきれいな小さい円を描いて座っている。大きなトラ猫の左側には、トラよりも少し小さめの白黒のぶち。向かい側には、白い細身の猫。その左側には、小さなトラ。茶色い猫もいる。
「なにしているんだろう?」
そう思ったら、大きなトラがこちらをちらっと見た。が、そのまま、動こうとしない。
猫たちは、向かいあったまま、鳴きもせずにただ座っている。
「どうする?」
私たちは顔を見合わせた。なんだか、不思議な世界に足を踏み込んだみたいな気になる。
「行こうか…」
止まっていてもしかたがない。学校には行かなくちゃ。
私たちが歩き出すとと、また大きなトラがこちらをみた。今度は、大きくため息をついたみたいに見えた。
円陣の中をぐるりと見渡すと、ゆっくりと立ち上がって、ひらりと横の塀に登った。それが合図のように、一匹、二匹と立ち上がって、左右の塀の上や軒下にゆっくりと歩いていく。
私たちは、黙って猫の前を通り過ぎる。
猫が円を描いていた場所から、家二軒分ぐらい過ぎたところで、そっと振り返ると、大きなトラ猫は、塀の上からこっちをみていた。道の両脇には、ずらりと猫が並んでいた。
「ねぇ!今の何?」
私たちは、また、騒がしい女子高生に戻った。
それから卒業まで、毎日そこを歩いたけれど、そんなにたくさんの猫が円陣を組んでいるのを見たのは、そのときが最初で最後だった。
ただ、りっぱな塀の向こう側の家がいつの間にかなくなっていたことに気づいたのは、それから少し後のことだった気がする。
2011年10月10日完成