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ポテトアポカリプス ~錆びた大地の黄金~  作者: 月読二兎
第一章 錆びた大地の夜明け
8/50

第8話 魔女裁判と、一閃の鉄

 狂気が、フロンティアの広場を支配していた。

 井戸の水が黒く濁ったという事実。そして、その水を最後に汲んだのがアンナだったという偶然。毒への恐怖に煽られた村人たちは、最も単純で、最も残酷な結論に飛びついた。


「アンナを捕らえろ!」

「そうだ、魔女を火あぶりにしろ!」


 数人の男たちが、理性を失った目でアンナにじりじりと詰め寄る。アンナは恐怖に顔を歪め、後ずさるしかできない。


「やめろ! みんな、落ち着いてくれ!」


 俺はアンナの前に立ちはだかり、両手を広げて村人たちを制した。

「アンナがそんなことをするはずがない! これは罠だ! ハイエナのリーダー、サラの仕業だ!」


「何を言ってるんだ、ユウキ!」

 ダントさんが、苦悶の表情で叫んだ。「俺たちも信じたくはねえ! だが、現に水は毒に汚染され、アンナがその場にいたんだ! 他に誰がいるってんだ!」


「いるんだよ!」


 俺は物陰の方を指差した。だが、そこに毒婦サラの姿はすでになかった。煙のように消え、混乱を置き土産にしていったのだ。

 証拠がない。俺の言葉は、パニックに陥った村人たちの耳には届かなかった。


「ユウキ、お前も魔女の仲間か!」

「アンナに誑かされているんだ!」


 疑いの目は、ついに俺にまで向けられ始めた。村を守るために戦ってきたはずの俺が、今や村人たちの敵になろうとしている。サラの策略は、俺たちの絆を内側から見事に引き裂いていた。


「……静まれ!」


 その時、広場に響き渡ったのは、ザギの野太い声だった。

 彼と、元サンドクローラーの仲間たちが、いつの間にか俺たちの周りを固めるように立っていた。その手には、訓練用の棍棒が握られている。


「てめえら、正気か。ハイエナの思う壺じゃねえか。仲間内で殺し合いを始めて、一体何になる」

「よそ者は黙ってろ!」ダントさんが吼える。「これは俺たちの村の問題だ!」

「よそ者だからこそ、見えることもある」キバが冷ややかに言い放つ。「アンタらは、恐怖に目が眩んで、一番大事なもんを見失ってるぜ」


 村人たちと、元サンドクローラーたち。二つの集団が、アンナと俺を挟んで睨み合う。状況は、最悪の内部抗争へと発展しようとしていた。


「もういい……」


 その時、俺の後ろから、震える声が聞こえた。アンナだった。

 彼女は涙を浮かべながらも、毅然とした表情で一歩前に出た。


「私がやったと、みんなが言うなら……それでみんなの気が済むなら……もう、いいわ」

「アンナ! 何を言うんだ!」

「だって、このままじゃ、ユウキまで……! 村が、バラバラになっちゃう……!」


 彼女は、自分を犠牲にすることで、この狂気の連鎖を止めようとしているのだ。その自己犠牲の精神が、俺の胸をナイフのように抉った。


 ふざけるな。

 俺が守りたかったのは、こんな結末じゃない。

 お前がいない村に、なんの意味がある。


 俺は、背負っていた麻袋を地面に下ろした。中には、さっき掘り出したばかりの、あの鉄の塊が入っている。


「……証明してやるよ」


 俺は低く、地を這うような声で言った。

「アンナの無実も、俺の正しさも、全部な」


 俺は麻袋から、鈍い光を放つアイアンポテトを一つ取り出した。その異様な見た目と重厚な存在感に、広場にいた全員が息を呑む。


「ユウキ、それは……?」

 ギデオン長老が訝しげに問う。


「俺が作った、新しいポテトだ。『アイアンポテト』と名付けた」


 俺は言い放つと、広場の隅に転がっていた、賊から奪った鉄製の盾を指差した。

「ダントさん! あの盾を、広場の向こうにある廃屋の壁の前に立てかけてくれ! 俺が、こいつで撃ち抜いてみせる!」


「はあ!? 撃ち抜くだと? イモでか?」

「いいから早くやれ! 頼む!」


 俺の気迫に、ダントさんは戸惑いながらも、言われた通りに鉄の盾を拾い上げ、広場の反対側にある廃屋の前に、それを立てかけた。村人たちが、俺が何をしようとしているのか、固唾を飲んで見守っている。


「ユウキ、やめて! もういいから!」アンナが俺の服の袖を掴む。

 俺は彼女の手をそっと握り返し、安心させるように微笑んだ。


「大丈夫だ。ポテトを信じろ」


 俺はゆっくりと息を吸い、狙いを定めた。手の中にあるアイアンポテトの、ずっしりとした重みを感じる。全身のバネを使って、腕をしなやかに振り抜いた。


 ヒュッ、と重い風切り音がして、アイアンポテトは一直線に廃屋の前の盾に向かって飛んでいった。


 そして――。


 ゴォンッ!


 鈍く、重い破壊音が響き渡った。

 アイアンポテトは、分厚い鉄の盾を、まるで紙でも貫くかのように、いともたやすく撃ち抜いたのだ。

 だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。

 勢いを失うことなく、アイアンポテトはそのまま背後の廃屋の壁に激突した。


 ドゴォォン!


 乾いた木材でできた壁が、大砲でも撃ち込まれたかのように、粉々に砕け散った。


 ……しん、と広場は静まり返った。

 誰もが、目の前で起こった現象を理解できずに、ただ呆然と立ち尽くしている。鉄の盾を貫通し、家の壁を破壊するイモ。そんなものが、この世に存在するなど、信じられるはずもなかった。


 俺は、静寂を破ってゆっくりと口を開いた。


「見たか。これが、俺のポテトの力だ」

 俺は砕け散った壁の向こう側を、まっすぐに見据えた。そこには、瓦礫の陰で身を潜め、驚愕に目を見開いている女の姿があった。毒婦、サラだ。


「アンナが魔女だと言うのなら、この俺は何だ? 悪魔か? 神か? 違うな。俺はただの、ポテト農家だ」


 俺はサラに向かって、ゆっくりと歩き始めた。

「お前の姑息な罠は、もう見破られてる。お前がやったんだろ、サラ。お前が、この村に潜んで、井戸に毒を撒いたんだ」


 正体を暴かれ、サラの顔から余裕の笑みが消えた。彼女は素早く身を翻すと、闇に紛れて逃げようとする。


「逃がすか!」

 ザギとキバが、左右から回り込んでサラの退路を塞いだ。さすがは元サンドクローラー、動きが速い。


 追い詰められたサラは、懐から小さな袋を取り出し、中身を地面にばら撒いた。

「邪魔するんじゃないよ、クズども!」


 カラン、と乾いた音を立てて転がったのは、『マキビシ』だった。だが、ただのマキビシではない。その先端は、不気味な紫色の液体で濡れている。デビルズオーキッドの毒だ。


「毒だ! 踏むな!」

 ザギたちが、慌てて足を止める。

 その隙に、サラは再び逃走を図った。


 だが、俺は冷静だった。

 俺は、足元に転がっていた普通のストーンポテトを一つ拾い上げると、サラの足元めがけて、低く鋭く投げつけた。


 ガッ!

「きゃっ!?」


 ポテトは正確にサラの足首に命中し、彼女はバランスを崩して派手に転倒した。その拍子に、彼女の首から下がっていた、あの緑色の石のペンダントがちぎれて、地面を転がっていく。


 俺はそれを見逃さなかった。

 俺はペンダントに向かって駆け寄り、それを拾い上げる。

 そして、毒で黒く濁った井戸水の桶に、その石を浸した。


 すると、魔法のような光景が広がった。

 石が触れた場所から、黒い濁りがみるみるうちに消えていき、水が元の透明さを取り戻していくのだ。


「……解毒剤」

 ザギが言っていた噂は、本当だったのだ。


「これでもまだ、アンナを疑うか?」


 俺は澄み切った水の入った桶を掲げ、村人たちを見渡した。

 彼らは、今度こそ自分たちの過ちに気づき、顔を青くして、あるいは恥じ入るように俯いている。ダントさんは、アンナの前に進み出ると、深々と頭を下げた。


「……すまなかった、アンナ。俺たちは、どうかしてた」


 アンナは、黙って首を横に振った。彼女を責める気など、微塵もないのだろう。


 俺たちの勝利だった。

 俺のポテトが、俺とアンナの絆が、そしてザギたちとの間に芽生えかけた信頼が、毒婦サラの狡猾な罠を打ち破ったのだ。


 だが、倒れ込んだサラは、悔しそうに顔を歪めながらも、まだ不気味に笑っていた。

「……やるじゃないか、ポテトの小僧。でも、これで終わりだと思わないことね。私の『ハイエナ』たちは、もうすぐそこまで来ている。この村は、骨の一本も残さず食い尽くされるのよ!」


 彼女がそう叫んだ瞬間、地平線の彼方から、あの忌まわしいエンジン音が響き渡ってきた。一つや二つではない。何十ものバイクが、このフロンティアを目指して驀進してくる音だった。


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