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ポテトアポカリプス ~錆びた大地の黄金~  作者: 月読二兎
第一章 錆びた大地の夜明け
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第5話 不協和音と、新たな種

「……冗談だろ、ユウキ!」


 俺の即答に、沈黙を破って最初に怒声を上げたのは、やはりダントさんだった。彼の顔は怒りで赤黒く染まり、こめかみに青筋が浮いている。


「こいつらは、ついこの間まで俺たちの命を狙ってた連中だぞ! それを村に入れるだと!? 寝首を掻かれにいくようなもんだ!」


 ダントさんの言葉は、村人たちの不安を代弁していた。彼らは武器を構えたまま、元サンドクローラーのザギたちと、彼らを庇うような位置に立つ俺を、交互に睨みつけている。村に満ちていた勝利の空気は一瞬で吹き飛び、張り詰めた不信感が場を支配していた。


「ダントさんの言う通りよ! 狼を羊の群れに入れるなんて、正気の沙汰じゃないわ!」

「そうだ、こいつらを追い出せ!」


 非難の声が、津波のように俺に押し寄せる。無理もない。彼らの恐怖は、俺にも痛いほどわかった。


 俺は一歩前に出て、声を張り上げた。

「みんなの気持ちはわかる! でも、聞いてくれ! 俺たちには新しい脅威が迫ってるんだ! 『ハイエナ』っていう、サンドクローラーよりもずっと厄介な連中が!」


 俺はザギから聞いた情報を、かいつまんで説明した。より数が多く、残忍で、そして毒を使う敵。その話に、村人たちの顔色が変わっていくのがわかった。


「毒……だと?」

「そんな奴らが来たら、ストーンポテトだって役に立たんかもしれん……」


 恐怖は、より大きな恐怖によって上書きされる。俺は畳み掛けた。

「その通りだ。今の俺たちだけじゃ、ハイエナには勝てないかもしれない。だから、戦力が必要なんだ。ザギたちは、この荒野で生き抜いてきた戦いのプロだ。彼らの知識と経験は、必ず俺たちの助けになる」


「しかし……」

 なおも食い下がるダントさんに、これまで静観していたギデオン長老が口を開いた。


「ダント、おぬしの懸念はもっともじゃ。じゃが、ユウキの言うことにも一理ある。このままでは、我々はハイエナの餌食になるやもしれん。危険な賭けではあるが……今は、藁にもすがる思いで力を集めるべき時ではないかの?」


 長老の静かだが重みのある言葉に、ダントさんはぐっと言葉を詰まらせた。

 俺はザギに向かって言った。


「ザギ。お前たちの申し出を受ける。ただし、条件がある」

「……なんだ?」


「一つ。お前たちは、俺たちの指示に絶対に従うこと。勝手な行動は許さない。二つ。武器は、指定した場所以外ではすべて預からせてもらう。三つ。村人と無用な接触は避けること。当面、お前たちの住まいは村の外れにある廃屋だ。……この条件が飲めるなら、お前たちをフロンティアの一員として迎えよう」


 それは、傭兵というよりは、ほとんど監視下の労働力に近い扱いだった。しかしザギは、一瞬の逡巡ののち、深く頭を下げた。


「……わかった。その条件を、俺たちは呑む」


 彼の覚悟のこもった返事に、村人たちの間の激しい反発は、どうにか疑念と警戒の入り混じった沈黙へと変わっていった。俺は、薄氷を踏むような合意が成立したことを感じて、密かに息を吐いた。


 その日の午後、俺はザギたちに割り当てた廃屋を訪れた。村人たちの冷たい視線の中、彼らは黙々と寝床の準備をしている。俺はザギを呼び出し、二人きりで話をする場を設けた。


「ハイエナについて、もっと詳しく教えてくれ。特に、リーダーの女と、その毒についてだ」


 ザギは地面に腰を下ろし、苦々しい顔で語り始めた。

「奴らのリーダーは、『毒婦のサラ』と呼ばれてる。自分の美貌を武器に油断させ、背後から毒針で仕留めるような女だ。使う毒は、汚染された沼地に生える『デビルズオーキッド』っていう植物から抽出した神経毒らしい。少量でも、吸い込めば呼吸困難に、傷口に入れば全身が麻痺して、苦しみながら死ぬと聞く」


 想像するだけで、全身の毛が逆立つような話だった。物理的な防御では防ぎきれない、見えない攻撃。


「奴らの常套手段は、水場への投毒だ。集落が使っている井戸や川の上流に毒を流し込み、村全体を機能不全に陥らせてから、ゆっくりと蹂躙する。抵抗する力も残ってない獲物を狩るのが、奴らのやり方さ」


「……水源か」


 フロンティアの命綱である井戸が、最大の弱点になる。これは、早急に対策を考えなければならない。


「ありがとう、ザギ。いい情報だ。助かった」

「礼には及ばねえ。俺たちも、死にたくはねえからな」


 ザギはそう言うと、ふと何かを思い出したように付け加えた。

「そうだ。サラの奴は、いつも奇妙なペンダントを身につけてる。蛇が絡みついたようなデザインの、緑色の石だ。あれが、デビルズオーキッドの毒に唯一対抗できる『お守り』だとか、解毒剤だとかいう噂を聞いたことがある。まあ、ただの噂だがな」


 緑色の石……解毒剤……。

 その言葉が、俺の頭に強く引っかかった。


 ザギと別れた俺は、交易で手に入れたジャンクパーツの山に向かった。その中に、ザギたちが持ってきた『黒光りする奇妙な石』がいくつか転がっている。俺はそれを一つ拾い上げた。ずっしりと重く、金属のような光沢がある。


(こいつは、鉄鉱石の一種か……? だとしたら……)


 俺の頭の中で、じいちゃんの日誌の一節が閃光のように蘇った。


『ポテトは、土の中の養分を吸って育つ。ならば、土に特殊な成分を混ぜれば、その性質を受け継いだポテトが生まれるのではないか? 例えば、鉄分を多く含んだ土で育てれば、鉄のように硬いポテトが……?』


 ストーンポテトを超える、アイアンポテト。もしそれが実現すれば、ハイエナの持つであろう粗末な武具など、紙のように貫けるかもしれない。

 俺はすぐさま、実験農場の一角に、この鉄鉱石を砕いて混ぜ込んだ特別な土壌を作り始めた。


 だが、問題は毒だ。鉄のポテトは武器にはなっても、毒には効かない。

 俺は自分の小屋に戻り、じいちゃんの日誌を必死にめくった。薬草、毒、解毒……何かヒントはないか。

 そして、古びて黄ばんだページの中に、俺は探し求めていた記述を見つけた。


『試みは失敗に終わった。薬草「ムーンリーフ」とポテトの種間交雑。交配は成功したものの、生まれたポテトには薬効がほとんど現れなかった。だが、可能性はゼロではないはずだ。触媒となる何か……あるいは、特定の環境があれば、ポテトに薬の力を宿すことも夢ではないだろう』


 薬効を持つポテト!

 これだ! これこそが、ハイエナの毒に対抗する唯一の希望かもしれない!


「ムーンリーフ……」


 その薬草の名前に、俺は聞き覚えがあった。村の薬師でもあるギデオン長老が、集落の裏手にある小さな洞窟で、大切に栽培している希少な薬草だ。満月の夜にだけ、葉が青白く光るという不思議な植物。


 毒には、薬を。暴力には、それを超える知恵を。

 俺の中で、進むべき道がはっきりと見えた気がした。


 その夜。

 俺が実験農場で鉄鉱石を砕いていると、後ろから小さな足音が聞こえた。振り返ると、アンナがランプを手に立っていた。


「……また、こんな時間まで。体、壊すわよ」

「アンナか。心配ないさ。やらなきゃいけないことが、山積みでな」


 アンナは俺の隣にそっと座ると、昼間の出来事を思い出すように呟いた。

「本当に、ザギたちを信じるの? 村のみんな、まだすごく怖がってる」

「今は、な。でも、いつか分かり合える日が来る。俺はそう信じてる」


「……そう。あんたがそう言うなら」

 アンナは小さく息をつくと、俺の顔をまっすぐに見つめた。

「あんたのやることは、いつも突拍子もなくて、心臓に悪いわ。でも……間違ってたことは一度もなかった。だから、私も信じる。あんたのことも、あんたが信じるポテトのことも」


 その言葉は、どんな激励よりも温かく、俺の疲れた心に染み渡った。

 俺は砕いた鉄鉱石の粉が混じった土を握りしめる。


「見ててくれ、アンナ。俺は、鉄のポテトを作る。そして、薬のポテトも作る。どんな脅威からも、この村を、みんなを、お前を守れるような、最強の黄金をな」


 鈍色の雲の切れ間から、わずかに月が顔を覗かせた。

 その光は、まるで俺たちの未来を照らす道しるべのように、錆びた大地に静かに降り注いでいた。

 不協和音の中で、新たな希望の種が、確かに芽吹こうとしていた。


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