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ポテトアポカリプス ~錆びた大地の黄金~  作者: 月読二兎
第一章 錆びた大地の夜明け
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第4話 賭けと、芽生えの時

 サンドクローラーを退けてから、一週間が過ぎた。

 フロンティアの村は、まるで生まれ変わったかのような活気に満ちていた。男たちは夜明けと共に畑へ向かい、女たちは炊き出しや武具の手入れに精を出す。子供たちの笑い声も、以前よりずっと明るく響いている気がした。


 変化の中心にあるのは、俺が『クイックグロウ』と名付けたポテトだった。


「ユウキ、見てみろ! もうこんなに芽が出てるぞ!」


 ダントさんが、開墾したばかりの畑で興奮気味に叫んだ。彼の指差す先では、植え付けたばかりの種イモから、力強い緑の芽がいくつも土を押し上げて顔を出している。通常、ベーシック種なら芽が出るまでにもっと時間がかかる。この光景は、村人たちにとって奇跡以外の何物でもなかった。


「すごい……本当に、ベーシック種の何倍も早い……」

「これなら、本当に冬までに腹一杯ポテトが食えるかもしれないぞ!」


 村人たちの顔に、安堵と希望の光が広がる。あの絶望的な夜を共に乗り越えたことで生まれた一体感と、目の前で育っていく命の力強さが、彼らを奮い立たせていた。


「ユウキ、こっちの水やり、終わったわよ」


 隣の区画から、アンナが声をかけてきた。彼女はすっかり畑仕事の責任者としての顔つきになっている。額に汗を浮かべ、土で汚れた頬を袖で拭う姿は、たくましく、そしてなぜか妙に眩しく見えた。


「サンキュ、アンナ。助かるよ。やっぱりお前は仕事が丁寧だ」

「ふん、おだてたって何も出ないわよ。それより、あんたこそ少し休んだら? ずっと畑とじいさんの日誌をにらめっこしてるじゃない」


 アンナは心配そうに俺の顔を覗き込む。

 彼女の言う通り、俺はこの一週間、ほとんど寝ずにクイックグロウの栽培管理と、じいちゃんが遺した日誌の研究に没頭していた。


「クイックグロウは確かにすごい。でも、万能じゃないんだ」

 俺は土をひとつまみ指でこすりながら言った。「成長が早い分、栄養をたくさん必要とする。連作すれば、土地はあっという間に痩せちまう。味も、ベーシック種に比べれば大味で水っぽい。それに……一番怖いのは病気だ。もしこいつに特有の病気が発生したら、一気に全滅する可能性だってある」


 単一の品種に頼り切ることの危険性。それは、じいちゃんの日誌にも繰り返し書かれていたことだった。多様性こそが、あらゆる環境の変化に対応するための鍵なのだ。


「だから、次の手を考えてる。もっと美味しくて、保存がきいて、病気にも強いポテトを。この荒廃した世界でも、人々が笑顔になれるような、そんな黄金のポテトをさ」


 俺が夢見るように語ると、アンナは呆れたように、でもどこか嬉しそうに微笑んだ。

「あんたは本当に、ポテトのことしか頭にないのね。でも、そんなあんただから……みんな、ついていくんだと思う」


 その時だった。

 物見櫓から、甲高い警戒の鐘が鳴り響いた。カン、カン、カン、と耳障りな金属音が、村の穏やかな空気を引き裂く。


「敵襲か!?」

「サンドクローラーが戻ってきたんだ!」


 畑にいた男たちが、鍬を捨てて慌ててそれぞれの得物を手に取る。ダントさんは即座に戦闘態勢を指示した。


「慌てるな! 女子供は家の中へ! 男衆は防衛ラインにつけ! ユウキ、お前とアンナは櫓へ!」


 俺とアンナは顔を見合わせ、頷き合うと、村の中央にある物見櫓へと駆け上がった。

 櫓の上から荒野を見渡すと、地平線の彼方から立ち上る一本の砂塵が見えた。


「……数が少ない?」


 アンナが呟く。

 その通りだった。先日のような大群ではない。バイクはせいぜい五、六台。しかも、先頭のバイクは白い布きれのようなものを竿の先に掲げている。それは、この辺りでは「敵意なし」を示す合図だった。


「待ってくれ、ダントさん! 攻撃しないでくれ!」


 俺は櫓の上から大声で叫んだ。

「様子がおかしい! あれは、戦う気じゃない!」


 俺の制止の声に、弓を構えかけていた男たちが戸惑う。

 やがて、バイクの一団は村の入り口から少し離れた場所で停止した。一人の男がバイクを降り、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。両手は、何も持っていないことを示すように、だらりと下げられていた。


 その顔には見覚えがあった。先日、俺が解放した捕虜のリーダー格だった男だ。


「……ユウキ」

 ギデオン長老が、いつの間にか俺の隣に立っていた。「君の賭けが、どう転ぶか……。いよいよ、その時が来たようじゃな」


 俺はこくりと頷き、櫓を降りた。

「俺が行きます」

「馬鹿野郎! 罠かもしれねえ!」


 ダントさんが俺の肩を掴む。だが俺は、その手を静かに外した。

「罠なら、俺一人で十分だ。それに……たぶん、違う」


 俺は一人で、村の入り口に立った。アンナが心配そうな顔でこちらを見ているのがわかる。

 男は俺の二十歩ほど手前で立ち止まった。彼の顔は、この一週間でさらにやつれたように見えた。


「……あんたに会いに来た」

 男――確か、名はザギと言ったか――が、かすれた声で言った。

「話がしたい」


「交易の話か?」


 俺が問うと、ザギは一度だけ頷いた。そして、背後の仲間たちに合図を送る。仲間たちが、バイクからいくつかの荷物を降ろし、地面に並べた。錆びついた機械部品、使い古された工具、そして、いくつか黒光りする奇妙な石。


「ボルグの奴が集めてたガラクタだ。こいつらと、あんたの村のイモを交換してほしい」

「……」

「頼む。仲間たちが、飢えてるんだ。リーダーを失って、他の集落から食料を分けてもらうこともできねえ。このままじゃ、みんな干からびて死ぬだけだ」


 その言葉に嘘はなさそうだった。力で奪うことしか知らなかった彼らが、頭を下げて物乞いに近いことをしている。それは、彼らにとって最大の屈辱のはずだ。


 俺は、俺の後ろで固唾を飲んで見守っている村人たちに向かって振り返った。

「みんな、聞いてくれ! 彼らは、交易しに来た! 俺たちの勝ちだ!」


 その言葉に、村人たちの間から、おお、という安堵の声が漏れた。ダントさんも、さすがにこれ以上は反対できないといった顔で、苦々しく腕を組んでいる。


 俺はザギに向き直った。

「わかった。取引しよう。クイックグロウを、麻袋に三つ分渡す。その代わり、そのジャンクパーツと、そっちの黒い石を全部もらおう」


「……いいのか? こんなガラクタと交換で」

「ああ。俺たちには、それが必要なんだ」


 俺の言葉に、村人たちがクイックグロウを詰めた袋を運んできた。ザギたちは、信じられないといった顔でそれを受け取ると、深々と頭を下げた。


 俺の賭けは、勝ったのだ。暴力の連鎖を断ち切り、新たな関係を築く第一歩を踏み出せた。村人たちも、俺も、誰もがそう思った。


 だが、ザギは立ち去る前に、思い詰めたような顔で俺に近づいてきた。


「……話は、それだけじゃねえんだ」

「なんだ?」

「あんたに、頼みがある。いや、これは警告だ」


 ザギは周囲を警戒するように声を潜めた。

「ボルグが死んだことで、この辺りのパワーバランスが崩れた。ボルグの奴は、他の賊からも一目置かれる存在だったからな。奴がいなくなった今、俺たちサンドクローラーの残党を狙ってる連中がいる。もっと残忍で、タチの悪い奴らだ。『ハイエナ』って呼ばれてる」


「ハイエナ……」


「奴らは死肉を漁るだけじゃない。弱った獲物を集団で狩る。今の俺たちや、あんたらの村みたいな、な。奴らは、俺たちよりも数が多くて、装備もいい。それに、リーダーの女は、毒を使うって噂だ。汚染された水や植物から作った、特製の毒をな」


 毒。その言葉に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。

 ストーンポテトの物理攻撃は、生身の人間には効果的だ。だが、毒を使われたらどうなる? 村の水源に毒を盛られたら? 畑に毒を撒かれたら? 俺たちの村は、一瞬で壊滅する。


「奴らは、俺たちがこの村と接触したことを、もう嗅ぎつけてるかもしれない。近いうちに、必ず現れる」

 ザギはそこまで言うと、悔しそうに唇を噛んだ。「俺は、ボルグのやり方しか知らなかった。だが、あんたと話して、変われるかもしれねえと思った。だから、死にたくねえ。仲間も死なせたくねえ。だから……頼む。俺たちを、あんたらの村で雇ってくれねえか」


「……雇う?」


「そうだ。俺たちは戦い方を知ってる。荒野の知識もある。あんたらの村の防衛戦力として、役に立つはずだ。その代わり、俺たちに食料と、安全な寝床を分けてほしい」


 元無法者からの、まさかの雇用契約の申し出。

 フロンティアの村人たちが、再びざわめき始める。敵だった者たちを、村に入れるというのか?

 新たな、そして前回よりも遥かに厄介な脅威の出現。そして、予想だにしなかった提案。


 俺はザギの目をじっと見つめた。その瞳には、必死さが宿っている。

 そして、俺の頭の中では、じいちゃんの日誌の一節が蘇っていた。


『異なる種をかけ合わせることで、思いもよらぬ力が生まれることがある。それは、ポテトも、人間も、同じかもしれんな』


 異なる種。フロンティアの村人と、サンドクローラー。

 この二つをかけ合わせたら、一体何が生まれる?


 俺は、口の端に笑みを浮かべていた。

「面白い。その話、乗った」


 俺の即答に、今度はザギが度肝を抜かれた顔をした。

 錆びた大地に、また一つ、新たな種が蒔かれようとしていた。それが希望の芽になるか、あるいは破滅の毒草となるか。

 それはまだ、誰にも分からなかった。


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