第17話 骨の墓場と、セラミックの閃光
セラミックポテトを積み込み、俺たちは再び西へと走り出した。
サラの問いが、重い鎖のように俺の心に絡みついている。「食べられるのか?」という、あまりにもシンプルで、本質的な問い。俺は、その問いに答えられないまま、ただアクセルをひねり続けた。
半日ほど走ると、荒野の風景は一変した。
目の前に広がっていたのは、巨大な獣の骨が、墓標のように林立する不気味な谷だった。『砂漠クジラ』の骨の墓場だ。大崩壊以前にこの地を支配していたと言われる伝説の巨大生物が、なぜかこの谷に集まって最期を迎えたという。白く風化した巨大な肋骨がアーチを作り、頭蓋骨が洞窟のような影を落としている。
「ここが、ボーンイーターの縄張りだ」
ザギが、谷の入り口でバイクを止めた。
「ここからは、エンジンを切る。バイクを押して、音を立てずに谷を抜けるぞ。陽が傾く前に、向こう側までたどり着きたい」
ザギの指示に従い、俺たちはバイクから降りた。シン、と静まり返った谷に、乾いた風が骨の間を吹き抜ける、ヒュー、ヒューという不気味な音だけが響いている。
俺たちは、息を殺し、慎重に足を進めた。巨大な骨が落とす影が、まるで生き物のように揺らめいて見える。
「……ユウキ」
俺の後ろを歩いていたキバが、声を潜めて言った。「お前のセラミックポテト、本当に役に立つんだろうな。俺の自慢のバイクを、あんなキモい獣のエサにはしたくねえぜ」
「ああ。いざとなったら、派手に花火を打ち上げてやるさ」
俺は、軽口で返しながらも、背中のクロスボウと、腰の袋に詰めたセラミックポテトの感触を確かめた。
谷の中ほどまで進んだ時だった。
先頭を歩いていた偵察役のノクトが、ぴたりと足を止め、俺たちに静止の合図を送った。
彼の視線の先、巨大な砂漠クジラの頭蓋骨の影から、何かが姿を現した。
それは、巨大なムカデとサソリを足して二で割ったような、おぞましい姿の変異生物だった。体長は三メートルほど。節くれだった甲殻は、鈍い金属光沢を放っている。そして、頭部には、鉄をも砕くという巨大な顎が、まるで巨大なニッパーのように備わっていた。
ボーンイーターだ。
一匹だけではなかった。次々と、骨の陰からボーンイーターたちが這い出してくる。その数、十匹以上。どうやら、俺たちの匂いを嗅ぎつけて、巣から出てきたらしい。
「クソッ、昼間だってのに、なんでこんなにいやがるんだ!」
ザギが悪態をつく。
「おそらく、この谷の奥に、奴らの女王がいる」
サラが冷静に分析した。「女王の命令で、昼間の見張りを置いていたのね。完全に、包囲されたわ」
じりじりと、ボーンイーターたちが包囲網を狭めてくる。カチ、カチ、と顎を鳴らす音が、谷に不気味に響き渡った。
もはや、隠れてやり過ごすことは不可能だった。
「やるしかねえな!」
ザギが、腰のナタを抜き放った。「ユウキ! お前のポテト、見せてみろ!」
「言われなくても!」
俺は、背後のキバに叫んだ。
「キバ! 焚き火の準備を! ありったけの枝を集めて、火を熾せ!」
「火ぃ!? こんな時に何言ってんだ!」
「いいから早く!」
俺の気迫に押され、キバは文句を言いながらも、仲間と共に手早く焚き火の準備を始めた。
俺は、セラミックポテトを数個、ザギとノクトに手渡した。
「こいつを、奴らの足元に投げつけろ! 狙いは、目だ! 甲殻は硬いが、目なら潰せる!」
ザギとノクトは頷くと、バイクを盾にしながら、セラミックポテトを投げつけた。
カキン! という硬質な音と共に、ポテトはボーンイーターの甲殻に当たって砕ける。だが、その威力は、硬い甲殻に僅かな傷を付ける程度で、決定打にはならない。
「ダメだ、ユウキ! 硬すぎて歯が立たねえ!」
その間に、ボーンイーターの一匹が、バイクの車輪に巨大な顎を突き立てた。
バキン! という嫌な音と共に、金属製のホイールが、まるで飴細工のように捻じ曲げられていく。
「俺のバイクがぁっ!」
キバの悲鳴が響く。
「火はまだか、キバ!」
「もうちょっとだ、待て!」
その時、サラが動いた。
彼女は、俺が持っていたセラミックポテトの袋をひったくると、中身を数個掴み取り、それを地面に思いきり叩きつけた。
砕けたポテトの鋭利な破片が、あたりに散らばる。即席のマキビシだ。
「奴らの腹は、甲殻ほど硬くはないはずよ!」
サラの読みは当たった。
突進してきたボーンイーターが、セラミックポテトの破片を踏みつけ、その勢いで腹を裂いた。獣は甲高い悲鳴を上げ、緑色の体液を撒き散らしながら、のたうち回る。
「ナイスだ、サラ!」
俺は叫びながら、彼女の戦術を真似て、次々とポテトを砕いてマキビシをばら撒いた。
ボーンイーターたちの動きが、明らかに鈍る。
「火がついたぞ、ユウキ!」
キバの叫び声。見ると、岩陰で大きな焚き火が燃え上がっていた。
「よし! セラミックポテトを、全部火に放り込め!」
俺の指示で、残っていたセラミックポテトが、次々と焚き火の中に投げ込まれていく。
ポテトは、瞬く間に赤熱し、灼熱の塊と化した。
「今だ! こいつを、奴らにぶちかましてやれ!」
俺たちは、火ばさみや、布を何重にも巻いた手で、赤熱したセラミックポテトを掴み取り、投石器で次々と撃ち出した。
灼熱の閃光が、谷を切り裂く。
ジュッ!
一匹のボーンイーターの背中に、焼夷ポテトが直撃した。甲殻が焼ける嫌な臭いと、肉が焼ける音が響き渡る。獣は、断末魔の悲鳴を上げて暴れ狂った。
「効いてるぞ!」
「面白い! もっとだ! ポテトの雨を降らせてやれ!」
キバが、狂喜したように叫びながら、次々と焼夷ポテトを撃ち出していく。
戦況は、一気に俺たちに傾いた。
熱と痛みに耐えきれなくなったボーンイーターたちが、統率を失って逃げ惑う。
だが、その時だった。
谷の奥から、これまで聞いたことのない、地響きのような巨大な咆哮が轟いた。
女王のお出ましだ。
姿を現したのは、他の個体の倍はあろうかという、巨大なボーンイーターだった。その甲殻は、黒曜石のように黒く、そして分厚い。頭部には、禍々しい王冠のような角が生えている。
「……まずいな。あいつは、別格だ」
ザギが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
女王は、俺たちが作った焼夷ポテトを一瞥すると、まるで嘲笑うかのように、口から粘液質の糸を吐き出した。
その糸は、燃え盛る焚き火を覆い尽くし、一瞬で鎮火させてしまった。
「火が……消された!?」
俺たちの最大の武器が、無力化されたのだ。
女王は、ゆっくりと、しかし確実に、俺たちに向かって前進してくる。その巨体から発せられる威圧感だけで、足がすくみそうになった。
もう、セラミックポテトはない。
俺は、背中のクロスボウに手をかけた。だが、こんなもので、あの化け物を倒せるとは到底思えなかった。
万策尽きたか――。
俺の脳裏に、絶望の二文字が浮かんだ、その時。
「……ユウキ」
隣にいたサラが、静かに呟いた。
「……あなたの『黄金』、まだ残っているの?」
彼女の視線は、俺が腰に下げた、小さな木箱に向けられていた。
そこには、最後の切り札――数個のルナポテトが、眠っている。
だが、あれは薬だ。武器じゃない。一体、どうしろと……?
俺の迷いを読み取ったかのように、サラは続けた。
「薬は、毒にもなる。使い方次第で、ね」
その言葉が、俺の頭の中で、新たな発想の閃光を散らした。