第16話 育つもの、変わるもの
クリフダイバーの襲撃は、俺たちに荒野の厳しさを改めて叩きつけると共に、予期せぬ副産物をもたらした。
一つは、豊富な食料。仕留めた三羽の変異生物は、その日の夜、俺たちの貴重なタンパク源となった。キバが手際よく解体し、焚き火で焼いた肉は硬かったが、滋味深い味がした。
そして、もう一つは、俺たちの間の奇妙な連帯感だった。
「やるじゃねえか、サラ。お前、ただのヒステリー女かと思ってたぜ」
キバが、肉を食いちぎりながら、軽口を叩く。
「あなたこそ、口だけの役立たずかと思っていたわ。少しは見直した」
サラも、珍しく皮肉で返す。
そのやり取りは、まだ棘を含んではいたが、以前のような殺伐とした雰囲気はなかった。共に戦い、ポテトを守ったという事実が、彼らの間にあった見えない壁を、少しだけ溶かしたのだ。
俺は、その様子を少し離れた場所から見ながら、セラミックポテトの世話を続けていた。
襲撃の翌日、待ちわびた変化が訪れた。
植え付けた種イモから、力強い緑の芽が、白い粘土質の土を押し上げて顔を出したのだ。
「……よし!」
思わず、声が出た。
成長速度は、ベーシック種とさほど変わらない。だが、この痩せた粘土質の土地で、これだけ勢いのある芽が出るということ自体が、品種改良が順調に進んでいる証拠だった。
俺は、じいちゃんの日誌の記述を頼りに、水やりの量を微調整し、日光の当たり具合を考えながら、まるで赤子を育てるかのようにポテトの世話に没頭した。
その日の午後、水汲みに行っていたザギとノクトが、満杯の水筒と革袋を積んで帰ってきた。
「ユウキ、どうだ? ポテトの様子は」
「ああ、順調だ。あと三日……いや、二日もあれば、最初の収穫が見込めるかもしれない」
「本当か!」
ザギの顔が、ぱっと明るくなる。
俺たちがポテトの周りで話していると、サラが静かに近づいてきた。彼女は、土から顔を出した緑の芽を、複雑な表情で見つめている。
「……本当に、育つのね。こんな、何もなさそうな土地でも」
「ポテトは、強いからな。与えられた環境の中で、必死に生きようとする。人間と同じだ」
俺がそう言うと、サラはふっと自嘲気味に笑った。
「人間と同じ……ね。だったら、その強さが、時にはとんでもない過ちを犯すこともある、ということも覚えておいた方がいいわ」
彼女の言葉は、常に俺への戒めとして突き刺さる。そうだ、俺は決して驕ってはいけない。アルブレヒトの悲劇を、忘れてはならない。
それから二日が過ぎた。
野営生活も五日目。俺たちの神経は、常に張り詰めていた。夜は交代で見張りに立ち、昼間はいつ現れるかわからない脅威に備える。ポテト乾パンと干し肉の味にも、飽き飽きしていた。
そんな極限状態の中、セラミックポテトは、俺たちの期待に応えるように、すくすくと育っていった。
そして、運命の六日目の朝。
俺は、ついに収穫の時が来たと判断した。
「みんな、集まってくれ!」
俺の呼びかけに、ザギもキバも、そしてサラも、固唾を飲んで俺の周りに集まる。
俺はシャベルを手に取り、最も生育の良い株の根元に、慎重に刃を入れた。
ザク、という手応えと共に、土を掘り返していく。
やがて、土の中から姿を現したのは、拳ほどの大きさの、白く滑らかな表面を持つポテトだった。それはまるで、職人が焼き上げた素焼きの陶器のような、無機質で硬質な質感を持っていた。
「これが……セラミックポテト……」
俺はそれを一つ拾い上げた。ずしりとした重みは、ストーンポテトに近い。
キバが、近くにあった手頃な大きさの岩を指差した。
「おい、ユウキ。そいつを、あの岩にぶつけてみろよ」
試すには、ちょうどいい。
俺は頷くと、セラミックポテトを構え、渾身の力で岩に向かって投げつけた。
カキンッ!
耳に響く、硬い、乾いた音。
セラミックポテトは、岩に当たって砕け散った。だが、ただ砕けたのではない。当たった岩の表面が、見事に欠けているのだ。
ストーンポテトほどの強度はない。しかし、普通の石ころよりは遥かに硬い。そして、何よりの特徴は、その砕け方にあった。
「……破片が、鋭いな」
ザギが、地面に散らばったポテトの破片を拾い上げて呟いた。
その通りだった。セラミックポテトの破片は、まるで黒曜石のように、鋭利な断面を持っている。
俺は、もう一つのセラミックポテトを手に取った。
そして、それを焚き火の中に、躊躇なく放り込んだ。
「おい、何してんだ!?」
「いいから、見ててくれ」
普通のポテトなら、火に入れればやがて焦げて、炭になる。
だが、セラミックポテトは違った。
炎に焼かれ、赤く熱せられていく。しかし、燃え尽きる気配はない。
俺は、火ばさみで赤熱したポテトを取り出すと、近くにあった水たまりに投げ込んだ。
ジュウウウウウウッ!
凄まじい音と共に、大量の水蒸気が立ち上る。
そして、水の中から現れたポテトは……割れていなかった。
急激な温度変化にも耐えきったのだ。それどころか、表面の硬度は、焼かれる前よりもさらに増しているように感じられた。
「……わかったぜ、ユウキ」
キバが、興奮した様子で言った。「こいつは、ただの投石武器じゃねえ。砕ければ、鋭い破片がマキビシになる。火で熱すれば、焼夷弾みてえな効果も期待できる。違うか?」
「その通りだ」
俺は頷いた。「こいつは、ストーンポテトやアイアンポテトとは違う、多様な使い方ができる戦略的な武器になる。これなら、ボーンイーターの硬い甲殻も、貫通はできなくとも、ダメージを与えられるはずだ。熱したこいつを投げつければ、火傷で動きを鈍らせることもできる」
俺たちの手には、新たな武器が加わった。
これで、ボーンイーターの縄張りを突破できる可能性が、格段に高まった。
「よし! 早速、こいつを全部収穫して、出発するぞ!」
ザギが、号令をかける。
俺たちは、残りのセラミックポテトをすべて掘り起こし、バイクの荷台に積み込んだ。
その時、ずっと黙って様子を見ていたサラが、俺に近づいてきた。
「……一つ、聞かせて」
「なんだ?」
「そのポテト……セラミックポテトは、食べられるの?」
その問いは、俺の意表を突いた。
俺は、一瞬言葉に詰まった後、正直に答えた。
「……わからない。試したことはない。だが、たぶん、食えないだろうな。食えたとしても、砂を噛むような味だと思う」
「そう……」
サラは、それだけ言うと、視線を遠くに向けた。
「私の父さんが作ったゴライアスは……とても、美味しかったそうよ。村の誰もが、その味を絶賛した。その、最後の時までね」
彼女の言葉が、俺の胸に重くのしかかった。
俺は、武器ばかりを作っている。人の命を奪うための、硬い、食えもしないイモを。
俺のやっていることは、本当に正しいのだろうか。俺は、ポテトが持つ本来の可能性から、目を背けているだけではないのか。
サラの問いは、俺の心の中に、新たな、そして根源的な疑念の種を植え付けた。
俺は、その答えを見つけられないまま、ボーンイーターが待ち受ける『砂漠クジラ』の骨の墓場へと、バイクを走らせることになった。