長い髪を切った読書家の女
僕はきみが好きだった。
でも今は僕を通り抜ける風が目に染みる。
きみとの出会いは町の図書館だった。
夕方は、近くに幼稚園があるからか、子供連れが多い図書館。
絵本コーナーから離れれば静かなものだけれど――。
その離れた静かな場所にきみはいた。
長い黒髪を垂らして、本を立ち読みしてた。
僕はきみが座って本を読んでる姿を、ついぞ見たことがない。
このコーナーの近くの席は空席が多くてひともまばらで――。
立っていないで座って読めばいいのに、と僕はよく思っていた。
きみが立ち読みする時間は長い。
きみは気づいていないのかもしれないけど、本当に長い。
僕がきみに声を掛けるなら、その言葉は「座りなよ」になったと思う。
春が過ぎて、夏が過ぎてもきみはいつもそこに立っていた。
僕は図書館の休館日以外は、毎日きみの長い黒髪を本を読みながら横見した。
どんな本を読んでいるんだろう?
それは当然の興味だった。
黒髪に隠れて本のタイトルは見えない。
きみはいつも熱心に、夢中になって手に持った本を読んでいる。
シリーズもの、なのはわかってる。
きみがいないときに、あのコーナーに行ってタイトルを見てくればいいのだけど。
何故かそれを僕はしなかった。
ミステリー気分、でもあった。
綺麗な黒髪の女の子が毎日熱心に立ち読みしてる本。
そのタイトルがわからない。
僕は席に座ったまま、この謎を解き明かしたいとそう思っていた。
馬鹿だったと思う。
僕が、きみに話し掛ける勇気がなかっただけのこと。
それなのに、長いあいだ僕はミステリー気分できみを見ていた。
終わりは突然だ。
きみの姿が図書館から消えた。
毎日いたのに、毎日見なくなった。
僕は何も知らない。
きみの声も、名前も、本のタイトルも――。
僕が出さなかった勇気は、一生僕の心に残るだろう。
きみの長い黒髪以外、何も残さない図書館のミステリー。
僕はきみの顔すら一生わからない。