魔女の魔法薬
コトリ、とテーブルの上に小瓶が置かれた。
一体何の魔法薬だ?
普段から師匠の実験体にされているオレは怪しげなマーブル色の小瓶から視線を上げた。
「ヒッヒッヒ」
師匠は鷲鼻の年老いた魔女だ。背中も曲がっている。
言動がいかにも寓話に出てくる悪い魔女だが、オレは師匠に拾ってもらった恩がある。
このピンクと紫色がマーブルしている怪しい魔法薬を、師匠が「試しに飲んでくれ」と言うのならば、オレは、飲む。
「ヒーッヒッヒッヒッ」
師匠が作った魔法薬を飲む、のが森に捨てられた赤ん坊だったオレを育ててくれた師匠への恩返しだ。オレはごくりと息を飲み、師匠に聞いた。
「今日は、この魔法薬を飲めばいいのですね?」
「ヒッヒッヒ」
コトリ。師匠がもうひとつ、テーブルの上に小瓶を置いた。
色はオレンジと緑のマーブル。
「二本、ですか?」
「ヒッヒッヒ」
師匠はあごを引いて、さらに背中を曲げて愉快そうに笑う。そうしてひとしきり笑うと、オレの目を凝視してくる。
「ワシ、赤ちゃんが欲しい」
「……今年は豊作だと町で聞きました。捨て子は難しいのでは?」
口減らしは不作のときが多い。オレが捨てられたときも不作だったと聞いている。
「町の孤児院から、引き取りますか?」
「ワシ、赤ちゃん産んでみたい」
「……師匠。それは無理です」
師匠は老婆だ。
「ワシは魔女だ」
「はい……」
「ワシの魔法薬に不可能はない」
「……そうでしょうか?」
失敗もよくするから、オレは何度も倒れたのではないだろうか?
「ヒヒ」
師匠はオレの質問に答えず笑った。
枯れ木のような指で、師匠はオレに主張するようにゆらゆらと小瓶を揺らす。
「ワシ、生まれてはじめて赤ちゃん産んでみたいと思った」
師匠はオレンジと緑の魔法薬の小瓶をゆらゆら揺らす。
「ヒヒッ! こっちが若返り薬。こっちがお前用の野獣のように発情する媚薬惚れ薬だよ、パパ」
師匠が珍しく自分で魔法薬を飲む。
「ふ、ふふふふふ」
「し、師匠……」
師匠の魔法薬の効果はやはり劇的だった。
深い皺も消え去り曲がった背中も伸びる。
「ふぎゃあああああッ!?」
師匠はあっという間に縮み、自ら赤ちゃんになった。
「師匠。こちらの魔法薬は処分しますね」
「あぶぶぶぶッ!?」
「諦めてください」