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ジェルボアーズ・ブルーの黒い雨に消ゆ

 古代宇宙飛行士説を唱える者にとって、アルジェリアの世界遺産タッシリ・ナジェールは抗し難い魅力がある。その壁画に描かれた白い巨人の謎めいた姿は、それはもう明らかに宇宙から来た生命体なのだ、彼らにとっては。

 だが、彼らの妄想が二十世紀の中頃に現実のものとなっていたとの噂を耳にしたので、その真偽はともあれ、記載しておく。

 1960年、フランスは核保有国の仲間入りを果たした。当時は東西冷戦の時代である。東側に対抗するための核兵器であることは言うまでもないが、それだけではない。その頃フランスはアルジェリア戦争の真っ最中だった。フランスの植民地だったアルジェリアの民衆が独立を求め武装蜂起したため、この鎮圧に躍起になっていたのだ。核実験がアルジェリア南部のサハラ砂漠で行われたのは、フランス軍と戦うアルジェリア民族解放戦線へのデモンストレーションとしての意味合いもあった。独立だの民族解放だのと抜かしやがるのなら、お前らを核攻撃して全員サハラの砂と蜃気楼に変えてやる! という示威行為である。

 それでも結局フランスは戦争に敗れアルジェリアは独立を果たすわけだが、それはこの際どうでもいい。サハラ砂漠で繰り返された核実験の中に実験ではなく、本当の核攻撃が含まれていた……というのである。

 フランス軍が核攻撃したのは正体不明の巨大な怪物だった。正確な大きさは不明だが、身長50メートルは越えていたとされている。青白く光る巨人だったという説もあれば、砂漠と同じ砂の色をしていて四つ足で移動したとも言われる。その怪物が地上に姿を見せた経緯も謎だ。アルジェリアと同じくフランスの植民地だったニジェールでのウラン採掘中に地下から現れたとも、サハラ砂漠の真っ只中に落下した隕石が割れて飛び出したというサヘル版の孫悟空か桃太郎っぽい味わいの噂もある。海から上がってきたという話はないので陸海空が揃わないのは、残念と言えば残念だ。

 その怪物が最初に出現した場所は明らかでないが、初めて目視されたのはフランス軍とアルジェリア民族解放戦線が戦う戦場だったのは間違いない。交戦中だった双方の兵士が目撃したのだ。両軍共、突然現れた巨大な人のような物体に驚愕した。そして両方とも敵の兵器だと勘違いした。まさに見上げるような巨人に向かって銃撃する。だが、相手はびくともしない。大口径の砲弾を食らっても倒れないのである。

 フランス軍部隊の将校は基地へ無線連絡し応援を要請したが、通信を聞いた側は相手の正気を疑った。アルジェリア民族解放戦線といえば聞こえはいいが、実質的には貧弱な装備で戦うゲリラである。身長50メートルの巨人兵を開発し実戦に投入するなど、あるはずがないのだ。気を確かに持って報告しろ! と怒鳴りつけたら無線は切れた。怒鳴られて激怒した相手が切ったのではない。巨人兵の攻撃でフランス軍もアルジェリア民族解放戦線も全滅したのである。

 その初陣からフランス軍の核攻撃で最終的には消滅するまでに、巨人のためにフランス側もアルジェリア側も多くの犠牲者を出したとされている。それだけの巨体でありながら、怪物は戦場から霧のように姿を消してしまうため、追撃困難だったことが理由の一つだ。同様に、出現もまた突然なのだ。神出鬼没の怪物に、アルジェリアで戦う両軍は恐怖した。あまりにも多くの戦死者が出たので両方とも戦争継続が困難になり、和平が早まったとの見方もあるくらいだ。

 さて、そんな化け物に好きなようにされてはたまらない、と思った人物がいる。フランス大統領シャルル・ド・ゴールである。彼はフランスの核開発を加速させた。対ソ戦略そしてアルジェリアへの恫喝さらに、サハラの怪物を仕留める唯一の切り札として核が必要だったのだ。

 そして遂に核兵器を怪物にぶつける好機が訪れた。何のことはない。怪物の方から核実験場へ向かってきたのである。怪物を核攻撃する絶好の機会であることは間違いないが、フランス側には不安もあった。砲撃に耐える強靭な皮に対して核が有効なのか、確証はないのだ。だが何事も、絶対に大丈夫という保証はない。やるしかなかった。

 かくしてフランス初の核攻撃は実施された。眩い閃光が煌めき、サハラの砂塵が爆風に舞う。やがて静寂が訪れた。怪物がいた爆心地には巨大な穴が開いている。地上からの目視は不可能だったため、航空機が上空から地表の状態を確認した。

 爆心地の真ん中に無傷の怪物が立っているとの航空機のパイロットからの緊急報告をエリゼ宮で聞いたド・ゴールの身長193センチの巨体がぐらついた……という話はあるが確認は取れていない。

 核爆発から間もなく、サハラ砂漠に黒い雨が降った。これは確認が取れた事実である。

 そして黒い雨を浴びた巨人が、もがき苦しんだ挙句その体が融け始めて、まるで人魚姫か何かのように泡となって砂漠の砂に消えていったというのも確認が取れている。上空の航空機からパイロットが視認したほか、別の乗員がフィルムで撮影したのだ。

 核物質を含む黒い雨が有害なのはよく知られているが、だからといって雨を浴びた生物が融けてしまうのは前代未聞である。核攻撃に参加していた将校の一人が単身ヘリコプターを操縦して爆心地に乗り込み、融けた怪物の体を吸った熱砂を回収しようとしたが、放射線が強すぎて断念せざるを得なかった。

 残念ながら撮影したフィルムや他のデータの多くは紛失しており、実態は今も不明のままだ。核攻撃の実質的な指揮官だったフランス空軍中佐ジャン・バスティアン=ティリーは、怪物の弱点は水分だったのではないか、とのメモを残している。核の高熱に耐えた生き物が、どうして雨を浴びただけで消滅したのか? と理由を考えれば、それがもっとも合理的な結論だと彼は報告書に書き残した。さらに彼は、怪物の正体について何らかの推論を立てていたようである。ただし彼は、自らの推理を深めていく前に死んでしまった。アルジェリアの独立を認めたド・ゴールの暗殺を企みて失敗、処刑されたのだ。

 そうしてみるとジャン・バスティアン=ティリー中佐はサハラの怪物を相打ちになった、と言えなくもない。勝ったのはド・ゴールだろうか。あるいは独立に成功したアルジェリアか。いや、物事を勝ち負けで語ることは愚かしい、とも思える。サハラを吹く熱風のために姿を変え続ける砂丘の連なりを前にすれば、その思いは一層、強くなる。

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