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子狐スズナはあの娘のために、君と二度目の恋をする  作者: カルボナーラきしめん
第二章 それで結局、未来を選ぶのは誰?
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4 この場を収めたいのだもの

「黒江、先に来てたんだ!」


 ベンチに座っていた潤にそんな声がかけられたのは、涼菜がトイレに行ってからきっかり二分後のことだった。


「ん?」


 自分の膝に肘をつき幸せに浸っていた潤は、ふいの呼び声に一瞬反応が遅れ、ややあって幻聴でないことを認識した。

 顔をあげ、来訪者を確認する。

 男女あわせて四人のグループがそこにいた。


「げ……」


 面倒な連中に見つかった。そう思いながらも、潤は手を挙げて形だけの挨拶をする。

 ひとりをのぞいてみんな比較的親しい顔、具体的に言うと、中学校二年生の時の文化祭実行委員仲間だった。

 潤の通っていた北中と、隣の和田中、そして市をまたいだ向こうの畑中。彼らは、この三校が毎年行っている合同文化祭の元委員たちだ。

 当時は三つの中学あわせて15人いた委員のうち、潤を含めた四人が同じ高校に進学することになって、以来、潤を除いた3人がつるんでいる、というわけだった。

 なんとなくこの集団といっしょに動くのが肌に合わない潤は、なるべく迎合しないスタンスで接している。

 ちなみに、メンバー四人の顔ぶれは。


 潤や涼菜と同じ中学出身の、背の高い図書委員、牧原広之(ひろゆき)

 畑中出身の加藤由香里。

 同じく畑中出身の女の子、福元(つばさ)

 その彼氏で実行委員とは関係ない、稲本哲也。


 彼らのことが嫌いなわけでもないし、むしろ近しい仲だと感じてはいるのだけれど、強いて言うなら行きすぎたオトモダチ感覚……陽キャ感に馴染めない、というところだろうか。

 声をかけてきたのは、その中のひとり、ショートカットのおかげか細い首筋の際立つ、目立って背の高い女の子、加藤由香里だった。

 由香里は、涼菜と同じ水泳部つながりでもある。

 偶然というほどの偶然でもないが、なんだか世界が狭いような気もする。

 そういえば、たしか昨日の涼菜の話で、由香里が潤のことを好きだとかなんだとか言っていたような気もするが……むしろこの瞬間気になるのは、水泳部の練習はいいのか、ということだった。

 で、その由香里が潤に問う。


「黒江の妹さん、なんだっけ……えーと」

「ちなつ?」

「そうそう、ちなつちゃんから聞いて、わざわざわたしたちを追いかけてきたの?」

「なにを?」


 唐突な質問に、は? と疑問符を浮かべる潤。

 なんでここでちなつが出てくるのか、追いかけてってなに?


「違う?」

「ちょっと待って加藤。話が見えない」

「ん?」


 要領を得ない潤の口調に、不思議そうな顔をする由香里。

 助け船を出したのは、潤と同じ中学出身の牧原だった。


「昨日さ、みんなで明日……つまり今日だけど、遊園地に行こうって話になった。メッセで回したけどいつもどおり黒江だけ返事なかったけどな」

「あー、そうなのか、ごめん」

「こっちに来るときに、バス停で黒江の妹さんに会ってな。妹さんが、お兄ちゃんは補習に行ったって言ってたし、由香里も黒江は補講だって言ってたから、てっきり学校かと」


 そういうことかと納得する。

 つまり……

 元文化祭実行委員仲間で遊園地に行こうということになったから、潤もさそってみた。けれど潤はグループメッセの通知を切っているから、当然いつものごとく反応がない。

 で、今朝のちなつが言うには、潤は補習なので学校に行っている、と。

 ところが、遊園地に来てみたら潤がいる……。


「それで、僕がちなつから連絡を受けて、みんなを追ってきたって思ったわけだ?」

「YES」

「僕の方は残念ながらNO。今日は全くの別件」

「補習は?」

「来なくて良いってさ。授業時間が足りないわけじゃないし」

「なんで今日はここに?」


 潤は、説明を逡巡する。

 涼菜とデートなのだと告げるべきなのか否か。

 昨日の涼菜の話が本当なら、加藤由香里は潤に好意を寄せてくれているということなのだけれど……正直なところ、潤としては、この話の信憑性は極めて低いと思っている。

 なぜって、この一年の間、由香里が潤に好意を持ってくれているそぶりなんて微塵も無かったし、なにより、潤の側に好かれる理由がないからなのだが。

 この数ヶ月で幼なじみに惚れた潤が、自分を棚に上げてそんなことを思う。

 ちらり、と加藤に目を向けると、加藤は不機嫌そうに目をそらした。

 グループメッセを無視すると、加藤はいつもこんな感じで怒る。仲間意識の強い女の子なので、これはいつも通りだった。

 万が一を考えれば、下手に触れない方がいいような気もするけれど、かといって不必要にぎくしゃくしても本末転倒だ。

 ……うん、あり得ないことを考えても仕方がない。

 短く思考した末、潤は、昨日の話については考えないことにする。 


「じゃあ、説明すると長くなるけど……」

「長くなるのか」

「やや」

「んー、長くなるなら聞くのやめとくわ」


 牧原がなにかを悟ったらしく、放っておいたら話し出しそうな潤の言葉を遮った。

 彼の視線がなにかを潤に伝えようと、一瞬由香里に向いたのだが……残念なことに潤は気づいていない。


「今日は()()()()()といっしょなんですよねー」


 すると、今度は、背の低い少女がみんなの後ろから伸び上がるようにして言う。

 が、そこからでは自分の存在をアピールできないとわかるや、由香里と牧原の間をかきわけるようにして、身を乗り出し、潤のとなりに座った。

 距離感が近い、ぴったりと身を寄せるようにして、少女は「ねー」と、潤を見上げてくる。

 由香里がちょっとむっとした顔をするが、残念なことにやはり潤だけが、それに気づいていないのだった。


(つばさ)


 やめておけ、と即座に小さな彼女をたしなめに入ったのは、線が細くて背の高い男子だ。

 この稲本という男だけが、グループの中で、唯一文化祭実行委員の頃の仲間ではないメンバーだ。彼がこのグループにいるのは、翔の彼氏だからだ。

 ちなみに、この稲本もさっきの牧原も、ふたりともが潤より背が高い。

 翔の無闇な距離感の近さに加えて、これも、潤がこの仲間と行動を共にしたくない理由のひとつなのだった。


(いー)くんは黙っててくださいー」


 翔は口をとがらせて、彼氏に抗議する。


「デリカシーのない男の子は嫌われますよ?」


 なぜか疑問形。

 ただ、由香里と潤以外のふたりは、敏感に翔の言わんとしたことを察したようで、揃って、ああ、と合点のいった顔をする。

 実は、この時点では潤だけが知らないのだが、由香里が潤のことを気にしているのは、元文化祭実行委員の中ではそれこそ二年前から公然の秘密だった。

 自分からは一緒に行動したがらない潤を、彼らがいつも誘うのだって、由香里が潤のことを好きだからに他ならない。だから、潤がひとりで遊園地に来ているという確証がない今、潤の連れと由香里を会わせるのは得策ではないのだ。

 もちろん、相手が男だったらいいが、連れが女だったときには由香里がかわいそうすぎる。

 だからこそ、一瞬でもはやくここを離れることに満場一致(潤と由香里のぞく)で、翔、(いー)くんこと稲元、そして牧原の間で素早くアイコンタクトが交わさされる。

 が……


「ねえ、黒江くんは、今日誰と来てるの?」


 光の速さで、由香里の口からはNGワードが飛び出していた。


「ちょ、ちょちょちょっと待ってくださいですよ?」


 翔が割って入る。あまりにもストレートなインタラプトだが、無いよりはましだった。

 そこにできた隙を見逃さじと、牧原がパンフに目をやり、無理矢理言葉をつなげる。


「お、もうすぐスシレンジャーショーがはじまるぜ!」

「ああ、そうだね、今日のメインイベントだ」

「とっても楽しみですねー? 翔はこれを見たかったんですよー?」

「??? なに言ってるの、あんたたち?」


 いぶかしげな顔をする由香里。対する潤は「そうなんだー」くらいにしか思っていないのか、


「楽しいの、それ?」と訊く始末。


 六つの瞳が潤をにらみつけ、「え? なに?」と、潤は小さく震え上がった。

 あったり前だ。三人が一刻も早く由香里と潤を引き離そうとして、予定もしていなかったアトラクションに行こう(要はココを立ち去ろう)と言っているのに、潤が件のスシレンジャーショウとやらに興味を持っては本末転倒このうえない。

 なぜいきなり「スシレンジャー」なのか、由香里が三人に置いて行かれていることも問題だが、三人にとっては潤のすっとぼけた態度の方が問題だ。

 一方の潤は、三人があからさまに潤を排除し始めたことに戸惑っていた。

 ややあって、なんとなく自分不在の状況に居心地の悪さと、やっぱり、この集団とは相性があわない、という感想を潤が持ちはじめたそのとき、ベンチの脇の生け垣ががさがさと動いて、「潤ちゃんおまたせー」と、言いながら涼菜がひょっこりと顔を覗かせた。

 どこから出てきたのか、という疑問は棚に上げ、味方の登場にほっとした潤は、


「おかえりー」


 と、のんきな声で涼菜を迎える。

 硬直する潤以外の面々。

 もちろん、涼菜も含めた潤以外、だ。


「えぇと……」


 遊園地のベンチ脇には、一触即発の空気が流れつつあった。

 当然、潤はそんな空気に気づいていない。文化祭実行委員組の三人の認識も甘かった。

 涼菜はあからさまに「しまった」という顔をしている。

 由香里は怒る、というより愕然としていた。

 気持ちを鎮めようと、由香里は脳味噌をフルで回転させ状況の分析をはかる。

 開始……。


 えっと、たしか「わたし潤くんのことが好き」と涼菜に宣言したのは昨日のことではなかったか? たしかに最近潤くんが自分のことをずっと見てる気がするとか、潤くんはきっとわたしのことが気になってるんじゃないかとか……幾分期待と妄想、そして電波の入り交じった気持ちを涼菜に吐露したけれど……そうそうあれは五百メートルを四本泳いだ後の休憩だったから、まだ潤くんが補習授業の真っ最中だったはずで……


 ……ストップ。

 それは今、まったく関係ないと、由香里は深呼吸をひとつ。

 とにかく、涼菜がこんな時間に黒江くんとここにいるのがおかしい。

 だいたい、今日は水泳部の練習があるのではなかったか?

 自分もサボっているけれど。

 それがなぜか、潤くんといっしょにいる。涼菜と潤くんがいっしょにいる。

 許されざることだった。

 これは絶対に糾弾して、状況の説明を求め、しかるべき処置をとらなければならない。

 もしも『幼なじみ故』だというのなら、以後控えてもらう必要があるし、そこに恋愛感情が介在しているのであれば、責任をもって身を退いてもらわねばならない。

 必ず、だ。

 強い決意。まなざしは強く、まなじりは他の連中を怯えさせるに充分なほど、きつくつり上がっていた。


「ちょっと来て」


 呆気にとられる他の面々を置き去りに、由香里は涼菜の手を引いて走り出す。

 そして涼菜と由香里は、あっと言う間に潤と三人の視界から消え去った。


「あ~」


 潤が間抜けな声を発する。


「なるほど~、そういうことか」


 手をぽんとたたき、元文化祭実行委員たちの顔を見回す。

 なにかに思い至ったときの自慢げな顔だった。三人は修羅場の気配に毛を総毛だたせつつ、嬉しそうにしている潤の顔を、なにか気持ち悪いものでも見るように見つめる。

 で、そんなことにすら気が付かない潤は。


「涼菜と加藤、水泳部だからか。ふたりともさぼってるから、その口裏をあわせに行ったんじゃないかな」


 あんまりな潤の推理に、三人は心の中で「それはない」とつっこみを入れるのがやっとだった。

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