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子狐スズナはあの娘のために、君と二度目の恋をする  作者: カルボナーラきしめん
第三章 それじゃあ、わたしが彼女なら……?
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1 一夜明けて涼菜は……

 未来を考えたことはある?


 希望にあふれていると思ってた。

 今日できないことも、何年か後には現実になっているって思ってた。

 いつか強くなれた自分に、大切な誰かが微笑みかけてくれるって。

 幸せは、いつか訪れて、そこからずっとそばにあるものだと思っていて、そのために手に入れるんだって思っていたから、永遠を疑ったこともなかった、

 でも、未来はいつの間にか知らない形でやってきて、唐突に終わりがやってくる。ずっと夢を見続けて、知らない間に時は流れて、気づいたときには……終わっている。

 残酷な事実。

 終わった時間は、取り戻すことができない。

 でも、もしもその時間が取り戻せたら?

 その時間を、ふたたび自分のものにすることができたら?

 手放すことはできる?

 わたしは……

 わたしにはできない。


     ◆


「潤ちゃん、起きて」


 耳元で涼菜の声。くすぐったいような、それでいてどこか懐かしいような、幸せの響き。

 このままずっと耳元で囁いていて欲しいと思うのは、潤のわがままではない……はずだ。


「……もう、潤ちゃんってこんなに寝起き悪かったかナ?」


 あきれるように、ちょっとすねた声色で呟くものだから、もうちょっとだけそんな涼菜を困らせてみたいと意地悪な心が頭をもたげる。


「もうちょっとだけ」


 まだ眠りの余韻からさめないまま、潤はごろり、と涼菜に背を向けた。


「もう……」


 ベッドのクッションが、涼菜の重みに沈む。背を向けていても、ベッドの上に両手をついた涼菜が、身を乗り出してくるのがわかった。

 すこしずつ涼菜の気配が近づいて来る。

 やがて涼菜の唇が、潤の耳の産毛に触れた。

 敏感な首筋が吐息を感じて……潤は、全身にまるで電気が走ったようにゾクゾクする。


「潤ちゃん……」


 ふくらむ期待にお答えするように、甘い声。

 そして……


「いいかげんに起きなさいってー!」


 ご期待を裏切る大声が、耳元で炸裂する。潤は飛び起きるように……というよりは本当に飛び上がって、ベッドの上に身を起こした。

 どきどきどき……

 心臓が、喉から飛び出すんじゃないかっていうくらいに早鐘を打つ。


「ごごごご、ごめんなさい!」

「はい、よくできました。じゃあ、さっさと着替えて着替えて!」

「着替え……?」

「約束」


 そうだった。今日は涼菜の提案で、図書館に行こうということになっていたのだった。休みの間たくさん遊ぶために、追試のための勉強をして、ついでに夏休みの宿題も片づけようということになっていたのだったか。


「わかったから待ってて……」


 もそり、と半覚醒のままで起き出す。

 ふわわ、とあくびをひとつして、水色ストライプのパジャマを脱ぎにかかる。

 上着を脱いで、ズボンを脱いで……


「やだ……潤ちゃんったら……」

「え……」


 ぽそり、と、つぶやく涼菜。とたん、思考がクリアになる。


「わ……ちょ、ちょっと待って! ごめん!」

「べつにわたしは構わないけど……」


 ちょっとまて、それはどういう意味だ?

 そういう意味か、それともこういう意味なのか!?

 あれこれぐるぐると深読みして、俄然元気になってしまう潤のオトコノコ。潤はあわてて、くるり、と涼菜に背を向けしゃがみ込む。


「ちょい待ち! ていうかごめん涼菜! 下で待ってて、すぐいくから!」

「え!? 潤ちゃん大丈夫?」


 そんなオトコノコの事情などには気付いていないらしく、涼菜は潤の顔をのぞき込もうとする。 


「ダメ! ていうかやめて~!」

「なにが……?」


 のぞき込んだ涼菜と目が合う。

 硬直する潤。その潤がおさえた股間に目をやる涼菜。数瞬の間……涼菜はみるみる間に真っ赤になって、のぞき込んだ姿勢のままうつむいてしまう。


「ええと……」

「ええと……」

「ごめんね……潤ちゃん。なんていうか生理現象……だったんだね」

「うん」

「オス、だもんね」

「うん」

「でもね、潤ちゃんのならキライじゃないよ」

「うん……」

「下で待ってるね……」

「うん」


 まるで躊躇いもなく、涼菜は自然に背筋をのばして立ち上がる。

 えっちな想像と期待とはずかしさとでないまぜになって、混乱から脱しないままの潤は、「じゃねっ!」と、部屋を去る涼菜を呆然と見送った。

 それから数秒後。

 はっと我に返った潤は、制服のズボンに脚を通すと、少しだけ安心して、ほっと息を付く。


「なんか、気にしすぎだよな、僕」


 ベッドに腰を降ろして考える。

 昨日の夕方、遊園地から飛び出していった涼菜を探して駆け回り、公園で追いついて少しだけ話をした。

 泣いて、ふさぎ込んで、かと思うと突然ふっきれたように、あからさまに「無理をしています」といわんばかりの笑顔を向けて来たり……。

 涼菜はもう大丈夫だと言い張っていたが、そんなの潤が見ても嘘なのはまるわかりで。

 心配だった。

 でも、潤ごときにできることは限られている。

 加藤と涼菜が自分を巡って喧嘩をしたと聞かされても、正直なところ潤にはどうしようもなかったのだけれど、ならば、涼菜を選ぶことしかできない自分は、涼菜を誰よりも大切にしなくちゃと思うのだ。

 だから正直なところ、少しだけ身構えていた。

 涼菜がまだ動揺しているならば、潤がなぐさめて、笑顔にしてあげなければならないのだから。

 それに……

 涼菜が公園でつぶやいた意味深な言葉が、まだ引っかかっているのも確かだ。


 ……なにを捨てなくちゃいけないか、わかったよ……


 意味するところは潤にもわからなかったし、正直なところ今もさっぱりだった。

 けれどその言葉は、潤には「さようなら」に聞こえて、涼菜が手の届かないところへ行ってしまったような感じさえして。そのせいで潤は、いやな胸騒ぎから開放されずにいたのだった。

 疎遠になっていた幼なじみと奇跡的に気持ちが通じ合って、家族も祝福してくれて。これからは、何の障害もなく幸せになれると思ったのに。

 なのに今度は、涼菜が本当に遠くへ行ってしまうような気がしたのだ。

 でも……


「心配しすぎかな……?」


 今日の涼菜は、昨日の陰なんて感じさせないくらいに明るくて、小さな仕草ひとつからも、潤のことを好きだって言う気持ちが伝わってくる。

 本当はぎゅって抱きしめたいくらい愛おしかったのだけど、それはちょっとはずかしくて、まだ怖かった。

 まだ高校生だしね……

 だから潤は、昨夜ベッドに入ってからずっと考えに考えて、そうしてたどり着いた結論を自分に言い聞かせた。


 涼菜に二度とあんな顔をさせないように、潤が守っていく。


 自信はないけど、それしか潤にできることはないのだから。


「よし!」


 ずっと涼菜を待たせたままでいるのもなんなので、さっさとダイニングに降りることにした。

 ダイニングには涼菜と、妹のちなつがいるようだった。

 ふたりの話し声が階段まで聞こえてくる。


「あのさあ、涼菜ネェ」


 ちなつの、声優かとまごうばかりのハイトーンボイスが、なにやら涼菜に疑問を投げかけている。


「いったい、あのあにぃのどこがいいの?」


 潤は思わず足を止め、二人の会話に耳をそばだててしまう。

 イケナイことだとはわかっているのだけど、どうしたって気になる会話の中身ではないか。


「潤ちゃんの?」

「うんそう。だってあにぃってば、いいとこなんてないよ? 顔だって人並みだし、趣味だってなんかあるわけでもないし。頭もそんなによくないよ」


 言いたい放題言ってくれる。

 だいたい勉強だけなら、自慢こそ出来ないものの別に悪いと言われなければいけない謂れはない。今回の赤点だって、涼菜のことを考えて、ひとり悶々とするあまり、テストをさぼってしまったが故の敗北なのだ。

 ……確かに自慢はできないが。


「ちぃちゃんもわかってるくせに」


 ちなつの返事はない。きっと妹は、なにが? という表情をしているのだろう。


「あのね、潤ちゃんは優しいんだよ」


 ちょっとだけ、というか、盛大にがっかりした。

 失望とかの「がっかり」じゃない。もちろん、涼菜が潤を好きだってコトに疑問を抱いたわけでもない。

 でも潤が知る限り「優しい」というのは、ほかに褒めるところがないときに使う言葉だ。

 つまり「優しい」くらいしか取り柄がない、というわけだ。


「そうかもしれないけどさぁ……」

「あのね、ちなつちゃん」


 涼菜は、静かで穏やかな声で言う。


「優しいだけなら潤ちゃんじゃなくても、とか思ってるでしょ? でもね、そうじゃないの。優しさっていうのはね……」


 核心だ。

 耳を、象の子供ヨロシクして、ますます聞き耳をたてる潤。

 と、そのとき。いつからそこにいたのか、階段の下から潤を見上げる母親と眼があった。

 潤の母親はいつも眠そうな顔をしている……要は細い目の人だが、こういうときには、その細い目のせいで、ほとんど射殺すような目つきに見えて怖い。


「なにしてるの? 盗み聞き?」

「あ、いや、ええと……靴下をはいてるところ……」

「……階段で?」

「うん」


 ふ~ん、とあっからさまに信じていない顔で、母親はダイニングへと引っ込んだ。

 しばし後。

 ぴしゃり、と閉まった扉の向こうから、ちなつの「盗み聞き……サイテー」という大声が聞こえた。

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