表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子狐スズナはあの娘のために、君と二度目の恋をする  作者: カルボナーラきしめん
第二章 それで結局、未来を選ぶのは誰?
12/23

7 未来のため捨てるべきもの

 どのくらい、どんな道を走ったのだろう。

 ゲートを抜け、電車に乗ったところまでは覚えている。

 気が付いたら近所の公園にいた。いつのまに時間が流れたのか、目に入るのは青と濃紺、そして朱に染まった地平。夕闇が迫る黄昏時だった。

 公園の古びた遊具、寝かせてある、色のはげたコンクリートの土管の中に身をひそませ、膝をかかえて……涼菜は、三角形に開いた窓から、沈んでいく夕陽を見つめていた。

 ああ、と思う。

 わたしはもう、白狐たりえていないのだ、と気づく。

 わたしが昔のままの()()()なら、「公園」になど来るはずがなかった。電車に乗って逃げることなどなく、駆けて、野へ、山へと行方をくらましていたはずだ。


「これじゃ、まるで人間だよ……」


 たった半年で染みついてしまった、人という汚れ。


「だんだん人間になっていくわたしがいるのに、わたしは涼菜になれない……」


 狐である自分を捨てたのに……


「まだ、捨て足りないの? 涼菜ぁ……わたし、まだ捨てなくちゃいけないのかな……」


 思い出すのは、雨の中で涼菜に拾われた自分。抱かれ、運ばれて、潤に看病してもらった一晩。それから涼菜と共にすごした2年。

 まだ覚えている。すり寄せあった涼菜の頬の感触、抱かれた胸の暖かさ、寝息を髭に感じながら眠った幸せな日々。

 そんな日々を糧にして、涼菜の姿になって生きると決めた。だからもう、寂しさは払拭されたと思っていた。


「でも、そんなの嘘だってわかってたじゃん……だってさ……涼菜のベッドはひとりじゃ広すぎるよ……」


 齢二百を数えても、子ギツネは子ギツネだった。十二歳の涼菜のほうがお姉さんだった。

 でも、もう優しかったお姉さんはいない、涼菜の命は永遠に失われた。

 涼菜の姿をした子狐は、思い出す。

 化外……人外の妖物と戦うなんて、そんなの怖いはずなのに、いっしょに戦うことを選んでくれた女の子のことを。

 変わっていないようで、涼菜という少女は、ゆっくりと強くなっていった。共に戦う子狐は、人間の生きる力、成長する心をすばらしいと思った。

 それを気づかせてくれた涼菜だから、失ってはいけないと思ったから、子狐は、妖物の世界を捨てて、子狐であることを捨てて、涼菜の人生を続けようとしたのだ。

 でも、それは自己満足でしかなかった。

 涼菜の望んだ幸せを手に入れて、気づいてしまった。


(わたしは……潤くんが好きだ)


 涼菜じゃなくって、わたし(・・・)が、潤くんと幸せになりたいと思っている。

 涼菜じゃなくて、わたしが……

 許されるわけない。絶対に許されるわけなんてない。

 こんなの、涼菜が許さない。


「やっぱりここだった」


 涼菜が……涼菜の姿をした子ギツネが肩をふるわせる。

 まさか、これは潤の声?

 幻聴だろうか、振り向くのがこわい。


「涼菜、みんな探してたよ。加藤なんか、わたしのせいだって泣いてた」


 よっこいしょ、と声がして、潤が土管に身をすべりこませてきた。中腰で近づいてきて、すぐ脇に腰を降ろす。


「泣いてたの?」


 伏せた顔をのぞき込んで、潤は、心配そうに聞いてくる。

 罪悪感が涼菜の身体を包み込む。

 優しい言葉が嬉しい。喜んじゃいけないはずなのに、嬉しい。

 それは絶望に似た感覚だった。

 潤の優しさを喜んでいいのは、本物の涼菜だけのはずなのに。わたしは涼菜のために喜んであげなくちゃいけないのに。なのに、わたし(・・・)にかけられた言葉を嬉しいと思っているわたしがいる……

 だめなのに……


「聞いたよ、ぜんぶ」


 潤が静かに言う。


「加藤には、ごめんって言った」

「うん…… え……?」

「加藤の気持ちは嬉しかったけど、僕は涼菜が好きだから」


 涙がこぼれ出す。嗚咽がのどをふるわせる。

 泣いちゃいけないのに、こんなに嬉しくて泣くなんていけないのに……泣いていいのは本物の涼菜だけなのに。

 頭が、胸が、心が、ごちゃごちゃになる。

 罪悪感と後悔と絶望に、嬉しい、なんていう気持ちが侵入してきて、自分が何を考えているのかすらわからなくなってしまう。


「僕が好きなのは、涼菜だから」


 なのに、涙がとまらない。

 幸せだった。どうしたって幸せな気持ちをおさえることができなかった。


「潤ちゃん……ごめんね……ごめんね……」

「なんで涼菜が僕にあやまるのさ? 加藤の気持ちにちゃんと向き合ってあげなかったのは僕なのに」

「ちがうの……わたし、わたし……」


 嗚咽になって続かない言葉。

 他人の人生なのに、奪って……親友を裏切って、なのにかけられた優しい言葉を嬉しく思って。

 そう、ここにいるのは涼菜じゃなくて、白狐のわたしで、潤ちゃんが好きになってくれたのは、きっとわたしになってからの涼菜で。

 それを嬉しいと思ってしまっている……


(ああ、そうだったんだ……)


 唐突に涼菜は答えにたどりついた。大好きだった涼菜の代わりとして生きる自分が、なさねばならないこと。そのシンプルな、たったひとつの答えにたどりついたのだった。


「潤ちゃん……わたし、わかったよ……」

「え……?」


 いぶかしむ潤。しかし、涼菜は潤の顔を見つめたまま、まるで焦点のあっていない瞳で告げた。


「わたしが、なにを捨てなくちゃいけないのか、はっきりとわかったの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ