――それは彼女のエピローグ
「自分のせい、なんて思っちゃだめだよ……」
霞む息。
少女の身体が雨に濡れて冷たくなっていくのを、子狐は為すすべもなく、ただ見ていた。
彼女の手が、白い子狐の頬に触れる。いつもの暖かい指先は温度を失い、小さく震えていた。
薄い黄色をしたブラウスの袖口は、彼女を運ぼうとした子狐が無理矢理引っ張ったせいで、ずたずたに引き裂かれていた。
しかしてその努力は、彼女をたかだか1メートルも引きずることができず……大切な彼女を雨ざらしから守ることもできなかった。
小刻みに、力無く震える彼女の掌に、子狐は頭をすりつける。
いるよ。
ここにいる。
わたしはここにいる。
子狐にできる精一杯の意志表示。
だって、少女の瞳には、もう子狐の姿は映っていないはずだから。
だから、できる限り優しく、できうる限り精一杯、子狐は濡れた身体をその掌にすりつけた。
「ごめんね」
少女が言う。
「……弱くてごめんね。わたしなんかがパートナーじゃなかったら、よかったのにね……」
違う。
そんなことはない。
子狐は精一杯鳴く。耳に届かなくても、少女の魂に届けと、啼いた。
「きみは優しいね……」
少女が、かすれた声で、言う。
見えていないはずの瞳は、子狐を見つめていて、その瞳には涙が溜まっていた。
子狐はその涙を見て、心臓が止まるかと思えるほどの衝撃を受ける。
少女は、死を受け入れてなどいない。
どこまでも優しい彼女だから、怖いのに、イヤなのに。この少女は最後まで子狐のことを気にしてくれて……
そして、不公平にも彼女の頭上に、死は舞い降りてきた。
最後のつぶやき。
「……生きたいよ」
子狐の心臓が大きく跳ねる。息を飲む。
するり、柔らかな体毛の間を指がすり抜け、手の甲が、雨に濡れたアスファルトに……
落ちた。