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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鮫工船

遠くもなく、近くもない未来のお話。

世界的に死刑は禁止されていた。

日本は他国のように被疑者確保の過程で、射殺や撲殺される事も無い。

更に国際的圧力により、移民が簡略化されてしまった。

犯罪率は増加する。

しかし、一定以上には増えず、何かの抑止が効いているものと予測されていた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




探偵・岡見啓介は依頼により、水産資源保護施設「おるか?」を調査していた。

依頼者は死刑相当囚の身内の者である。


この時代、サメは絶滅危惧種として厳重に保護・管理されていた。

フカヒレやフライ等への使用は禁止。

研究用の観察、絶滅危惧I類のものは人工繁殖、それ未満の絶滅危惧種は餌を与える。

サメの餌用に、絶滅からは程遠い魚類を養殖する施設も併設する。

サメの天敵であるシャチ、イルカを近づけない為の超音波発信機があちこちに配置されている。


この自然の海を取り込んだ広大な研究・保護施設は日本の沖合に在る。

死刑が禁止され、拷問も無意味な懲罰の為の労働も禁止されている中、懲役10年以上の囚人がこの施設に送られ、有意義労働に従事する。

「人類が犯した自然破壊を償い、絶滅危惧種を回復させる」

そういう仕事で更生と世界への貢献をさせるのだ。


「ですが、送られる人数と戻って来る人数が合わないのです」

依頼者は語る。

その依頼者の女性は、死刑相当囚の以前の内縁の妻であった。

別れた後に、昔の男が犯罪をし、死刑判決、特別減免により懲役15年特別奉仕になった事を知る。

その後「おるか?」という施設に送られた事を知る。

そして気にかけ、刑期満了を待っていたが、彼は刑期を終えても戻って来なかった。

世間は15年前の犯罪者の事など気にしないどころか、戻って来ないならそれで良いとしか思わない。

この施設は、服役者の氏名、出所者の氏名、作業中の事故死者の氏名を公表している。

ただし、いずれの場合も総人数は記載されない。

気になった彼女は、過去に遡り名簿を確認する。


(入所総数)-(退所者総数)-(事故死総数)=(現在の勤務者数)


そうすると現在の人数は千人を軽く超えている。

だが「おるか?」はそんな人数を収容出来る大きさではない。

精々数百人だろう。


「なるほど。

 で、貴女は不明の人数がどうなっているか探って欲しいという事か?」

「はい。

 私はあの男に未練は有りません。

 ですが、一度は情を交わした男、その末路くらいは知りたいのです」

「では、殺されていたとしても、復讐とかする気は無いのですね?」

「それも覚悟しています。

 私も何人か調べたのですが、刑期を終えて戻らないのはいずれも死刑相当囚。

 この国で死刑廃止が決まった時、相当の反対が有りました。

 国が死刑廃止を決めた裏で、実は死刑をしていたとして、

 それを追求するのは別の人に任せます。

 私は、どうなったかだけ知れたらそれで良いのです」

「では、せめて非合法な強制労働施設があり、その男はそこに居る、という結果を期待しよう」


 岡見は依頼を受ける事にした。

 個人的に面白そうな案件なのと、復讐とか国家訴訟とか面倒臭い事に巻き込まれずに済みそうだったからだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 まず岡見は船の入出量を調べる。

 搭載量、乗れる人数、もしも貨物室に人を乗せるなら何人になるか、等を過去に遡って調べる。

 そして、物流・人の出入りを補正する。

 やはり千人を超える人数を賄っているとは思えない。

「人も物も小型漁船サイズで運んでいる。

 時々ある施設の視察はヘリコプターだ。

 数人は密かに運び出す事は出来るが、それではとても足りない」

「燃料や穀物の量を見ると、これは千人なんて人数を賄える量ではない。

 つまり、五百人以上を働かせる秘密の工場とかは無いだろう。

 とは言え、養殖漁業もしているから、食糧はもしかしたら何とかなっている可能性もあるか……」


 結局、彼は施設を視察する事にした。

 漁船をチャーターしたりせず、堂々と見学の申請をし、施設に入る。

 広報に案内して貰い、他のツアー客から離れる事もせず、各所を見学し、記念撮影をする。

 唯一、非合法(イリーガル)な事をしたのは、撮影禁止区域でも隠し撮りをしたくらいである。

 多くの合法的な撮影だけでも十分であった。


 戻った岡見は、映った機材やサメの種類、数から掛かっている費用を概算する。

 働いているとされる人数、これはパンフレットに「職員居住棟」とされる建物の収容能力を計算し、外からの写真と照合して「パンフレットに嘘は記述していない」と確認する。

 するとどう考えても、政府が発表している予算では間に合わないとなった。

 送られた人が全員住んでいるとも思えない。

 概算した数百人すら住んでいるとは思えない。

 そして、科学調査資料によるものより登場頻度の多いホオジロザメやアオザメ、ヨゴレといった「人喰いサメ」たち。


「やっぱりこれは、密かに死刑が行われていないか?」

 岡見は戦慄する想像をした。

 密かに国際的には廃止したと発表された死刑が行われている。

 その死肉はサメの餌として処分している。

 それは絶滅危惧種となったホオジロザメ等の保護に一役買うわけだ。

 この非合法行為に対し、国から機密の予算が出ていないか?


 だとすると、極めて危険である。

 下手に施設に潜入したら、口封じの為、彼もサメの食糧にされかねない。

 これ以上の調査には、後ろ盾が欲しい。

 彼は国を訴えるとか、そこまではしない。

 依頼人の疑問に答えられたら十分だ。

 だからこそ、知り合いの政治家を当たれば、身の安全くらいは保障してくれるかもしれない。

 一筆貰い、こいつは真相を暴露しようとか考えていない、と伝えてくれたらそれで良い。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ふーーーーん、それを私に頼みに来たのか」

 以前パーティで出会い、自身の秘書の裏の行動調査を依頼された政治家と会った。

 彼は与党の議員で、政権転覆に繋がるような調査なら協力はしないだろう。

 だが、秘密にするという事なら、もしかしたら与党内の誰かとの政争に使える道具にもなるから協力とまではいかないが、身の安全くらいは守ってくれるかもしれない。

「御心配なのは、私がいざという時に裏切り、政府転覆の種にしかねないという事でしょう。

 何かこちらも裏切らないという保証をすべきでしょうが」

「いや、そんなの要らないよ。

 それよりも、僕は計りかねているんですよ。

 君が賢いのか、愚かなのかをね」

「どういう事でしょう?」

「気づいてなかったのかね?」

「何に?」

「君の目の前にいるのが、君の調べている事案に関係している人物なのだよ。

 知っていて懐に飛び込んだ訳ではないのだね」

 政治家は溜息を吐き、岡見は青くなった。

 この政治家は外務系だから、サメ保護の環境系、サメ管理の水産系、死刑に関わる法務系や、逆に「死刑廃止を示した」人権系ではないから安心していたのだ。


「まあ、そんな顔しなさんな。

 取って食おうって訳じゃないから。

 君を獲って喰うのはサメたちだがな。

 冗談だよ」

「……笑え……ないです」

「ふむ、そういう恐怖心に正直な男だから、見せてやっても良いぞ。

 もう君は私の手の内にあるのだから、真相を教えるくらい訳はない。

 その依頼主にどう伝えるか、お手並み拝見だ」

 下手な説明したらどうなるか、血の気が引く。

「来月、この日に私の事務所にもう一度来なさい。

 『人間の汚さ』を存分に見せてあげるよ」


 岡見は言われた日に現れる。

 逃げたくはあった。

 それ以上に探求心の方が勝った。

 どうせ「手の内」なんて言われた以上、逃げ隠れするより真相を見た方が良い。

 運命共同体となってやろう。


 政治家、ボディーガードと共にヘリコプターに乗り「おるか?」に移動する。

 前回のツアーと違うのは、ここから船に乗り換えたところだ。

 船で更に沖合に出る。

「ここが君の見たい場所だ」

 そこには昔の遠洋漁業で使われていた大型漁船が停泊していた。


 そこではサメが解体されている。

 保護対象のサメが??

「これはヨシキリザメだよ。

 何に使われるか知っているかね?」

「確か、フカヒレ?」

「そうだ。

 この船ではサメを捌き、フカヒレに加工して売っている。

 君が資料を見せて来た、こんな予算ではやっていけないという疑問、その答えがこれだ。

 資金は自分たちで稼いでいるのだよ」

「ですが、フカヒレだけじゃまだ足りないのではないですか?」

「計算でもしたのかね?」

「いえ、直感ですが……」

「まあ正解だ。

 フカヒレだけじゃ足りないよ。

 多大な寄付があってね。

 その『お客様』が今宵見えられるのだよ」


 しばらくして、まるでアニメで見るような、仮面舞踏会のようないかがわしいマスクを付けた人たちが乗船して来る。

(白人に……黄色人種、中国人か?)

 彼等が舷側の特設席に座る。

 明るいライトが海に当てられる。

 よく見ると、そこは生け簀になっているようだ。

 そこに人間が連れて来られる。

「あれは?」

「罪人だよ。

 こいつさ」


 強盗と強姦と殺人を繰り返していた「死刑相当囚」。

 逮捕時は、事件のあった地方では大騒ぎとなった。

 死刑は廃止された為、人里からは隔離され、環境活動の為に奉仕と発表された。

 以降、興味は薄れ、そんな人も居たね、という扱いになっている。


 労働奉仕や強制労働させられたとは思えない、不健康な太り方をしている。

 娑婆に居た時の方が痩せていた。

 その歩くのも億劫そうな囚人は、手足は縛られているが、目隠しと猿轡(ギャグ)はされていない。

 彼はこれから起こる事を理解したようで、

「酷えぞ! 法はどこに行った?

 許されると思ってんのか?

 やめろよ、こんなのねえよ!」

 と喚いている。


 だが、そんな囚人に鞭が打たれる。

 皮膚が裂け、血が滴る。

「ヤメロー!!」

 また一発鞭が打たれる。

 血が更に流れたところで、生け簀に落とされる。


「ギャーーーー」

 絶叫が上がるが、広い海に吸い込まれていく。

 多くのヨシキリザメが、「もう慣れっこ」のように寄って来て、血肉を喰らい始める。

 それを特等席の「お客様」は手を打って、大笑いしながら見ている。


 血が生け簀の外に流れる。

 ヨゴレという外洋性のサメがうろついている。

 生け簀を壊されないよう、餌を撒いて彼等の食欲を満足させる。

「まさか、あの餌も?」

「それじゃ採算が取れないよ。

 人は資源、有効活用すべきで、野生のサメに与えるのは勿体ない。

 あれは施設で養殖した魚の肉だよ」


 生け簀の中で、人間という資源は有効活用されたようだ。

 その人間を喰ったサメの一匹が捕獲される。

「さあ、この日本人を喰ったサメ、ハウマッチ!?」

 どうやら特等席に居たのは変態紳士たちだったようだ。

 人が喰われるのを大喜びで見学し、その人を喰ったサメを自分たちが喰うというわけだ。

 オークションのように大金がコールされる。


「……なる程……、資金に困らないし、人も増えない訳ですね……。

 ここの見学料もお高いのでしょう?」

「いえいえ、お得意様にはサービス価格で提供していますよ」

 そう言って教えて貰った額は、やはり目玉が飛び出そうな値であった。


「人間なんて、一皮剥けば恐ろしい者だよ」

 日本人は突出した金持ちは居ないが、全体で見れば成功している国民である。

 それと表向き仲良く付き合ってはいるが、白人の中には人種差別の意識から、実は面白く思っていない者もまだ多い。

 中国人の富裕層は、必ずしも本国に住んでいるとは限らないが、過去の歴史教育は余り関係なく「小日本がサメに喰われるのを見るのは痛快だ」と思う者もいる。

 そして中国人の富裕層は、禁止されているフカヒレが好物なのだ。

 日本人を喰ったサメのフカヒレなど、大金を投じて求めるに値する。


 更に、こういう猟奇的な映像を好む人間も居る。

 映像化して地下で売り出すのだが、それを編集、販売する裏社会の会社からの収入もある。

 鮫工船の裏稼業で、「おるか?」は世界的に認められる素晴らしい希少種保護の成果を上げているのだ。


「それでも、バレないのですか?

 白人は利用するだけ利用し、後で日本叩きの道具にしかねませんよ」

「大丈夫だ。

 政府に話が通っている」

 死刑を廃止した国でも、実は「死刑相当」の囚人の扱いに困っていた。

 諸外国では犯罪が多く、「死刑相当」は監獄を飽和させている。

 そこで、日本のこの鮫工船で「処分」して貰っているのだ。


「まさか?」

「言っただろ、一皮剥けば怖いものだって」

 綺麗事を話す裏で、密かに囚人は「有効利用」されていたのだ。

「日本人の囚人を喰ったサメは特級だよ。

 他の国民はランク付けされていているよ。

 安いフカヒレもそれなりに需要があるのでね」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 気分悪いものを見せられ、胸のムカつきを抑えながら岡見は鮫工船を離れた。

 言えない、言っても「陰謀乙」としか言われない悪徳の集大成だ。

 なる程、外交畑の政治家が関係していた訳だ。

 その政治家が言うに、人権や環境について綺麗事を言う国程、そう思わない国民の闇は深い。

 金持ちには生観覧、そうでない層には映像コンテンツで満足させる。

 こういう猟奇映像は法で禁止されているが、本気で取り締まっていない。

 本気で摘発する国より、見逃している国の方が現実世界での犯罪率が低いという統計もあり、実利的な理由で野放しにしているのだ。


 そして岡見は最後の疑問をぶつける。

 最後の、というか、鮫工船を見て覚えた疑問である。

「あの船の作業員は反乱を起こさないのですか?

 いつかは自分の身に、と思えば利害を超えて手を組むと思うのですが。

 蟹工船って作品ではストライキが起こったのですよ」

 政治家は言う。

「うん、君は賢いのか、愚かなのか、やっぱり分からないね。

 確かに船で働かされているのはクズどもだらけだ。

 だが彼等は反乱を起こさない。

 何故なら他人事だからだ。

 彼等は自分はサメの餌にならないから、時に娯楽として囚人が喰われるのを楽しんでいるよ」

「どうして?

 どうして同じ死刑相当囚で差があるのですか?」

 政治家はニヤリと笑う。

「私は日本の政治家だよ。

 日本人をサメに喰わせて、それを商売に利用するなんて良心が許さないよ」

(ここまで酷い事しておいて、どこに「良心」が有るのだろう?)

「日本にはねえ、日本語しか話せない、見た目も日本人、時には両親のどちらかが日本人、だがアイデンティティと国籍が日本人じゃない存在がいるよねえ」


 岡見は得心した。

 こうして「事故死」した事は、事件の被害者に密かに伝えられるという。

……秘密厳守の約束と引き換えに。

 そういえば調査対象だった依頼人の昔の男には、日本語名ともう一個実名があった。

 きっと、そういう運命を辿ったのだろう。


 その事をどう伝えようか、頭を抱える岡見を政治家はニヤニヤしながら眺めていた。

ディストピアっぽい小説にしました。

実際、死刑囚は判決までは興味の対象ですが、余程の者でないと収監後は興味から消えますので。

被害者には忘れられない記憶なので、そこはフォローしました。

そんで、欧米諸国の人権大好きさんたち、一皮剥けばこんなものかな、と。


「おるか?」は有名サメ映画の「オルカ号」のオマージュです。

アサ〇ラムさんの影響は無いです!

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― 新着の感想 ―
[一言]  死刑はなくなってもサメの餌になるとわかっていれば確かに抑止力とはなり得るかもしれません。  でも、これって服役する人間はサメの餌になるってわかってない状況ですよね?  抑止力って、広く認知…
2021/02/21 17:15 退会済み
管理
[一言] 高値の付きそうな人種国籍なんて沢山居そうですよね。
[良い点] スリリングな展開!。 本当にありそうな結末!。 色々と含みの多い感じの施設名(笑)!。 楽しませていただきました。 [一言] 結局、サメの餌になる人が出たのは、残念。 ほうこうおんちサンだ…
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