6.地属性の小手調べ
そしてアディスは難民達の準備が終わるのを待って、集落の外に広がる畑へと足を運んだ。
畑の実りは絶望的で、百人に満たない集落の人口を養うことすら不可能に近い。
集落に残れば冬を越せずに死を待つだけ。
しかし余所者である難民など、そう簡単に受け入れ先が見つかるものではない。
いわば詰みにも近い状況なのだ。
「まず最初に言っておく。これから発動させる魔法は、土地に大きな負担を掛けるものだ。決して多用してはならないものだが、当面の食料を確保するために一度だけ行使する」
アディスはそう言って、畑の脇の地面に片手を触れさせた。
「地上で試すのは百年ぶりだな。そらっ……!」
膨大な魔力が畑に注ぎ込まれていく。
それは畑の土壌全体に素早く行き渡り、次いで畑の作物の一本一本に吸い上げられていき、麦の穂先に至るまでくまなく浸透した。
次の瞬間、少し前まで萎びていた作物が一気に活力を取り戻し、瞬く間に豊かな実りを付けていった。
誰が見ても疑う余地のない大豊作。
冬を越すどころか、来年の蓄えすら残せそうなほどの成果であった。
「お、おおおおおっ! 麦が! 麦の穂があんなにも!」
「奇跡だ! これは奇跡だ!」
難民達の間で歓喜の渦が巻き起こる。
ジャネットも大きな目を更に丸くして、目の前で繰り広げられた出来事に驚いていた。
「信じられない……まさかこれほどの……」
「自慢じゃないが、植物系の魔族でもないのにここまでやれる奴は、魔界でもそうはいないと思うぞ」
アディスは少々の自画自賛を交えつつ、大喜びで収穫を始めた難民達を満足気に眺めた。
魔王サタナエルから軽視された地属性の力。
その一端を行使しただけで、こんなにも喜ばれ感謝されているという事実が、アディスを柄にもなく上機嫌にさせていた。
無我夢中で収穫を続ける難民達。
やがて夕暮れが訪れ、もうじき作業ができなくなるという頃になって、難民達の代表者が走り寄ってきて、アディスとジャネットの前に跪いた。
「本当にありがとうございます、聖女様、そして魔族の御方。これで我らは餓えから救われました……」
「いいえ……今回、私は何もしていません。感謝を受けるべきは、その……」
ジャネットは遠慮気味に隣のアディスへ視線を向けた。
聖女という立場上、魔族であるアディスを率直に称賛するのは躊躇われるのだろう。
本人の内心がどうであろうと、他人からの視線を考慮しなければならないのが、立場ある者の面倒なところである。
アディスも少し前まで、四天王という魔王国でも屈指の高位の肩書を背負ってきたので、その辺りはよく理解している。
「安心するのはまだ早いぞ。確かにこれで当面の食料は確保できた。次の冬くらいなら問題なく越せるだろうな。だが、冬を越えた後はどうする?」
「私も聖王府に掛け合ってはみますが、ペネム大公国との対立が深まる恐れを考えると、すぐに行動を取れるとは……この土地で作物を育めるようになればいいのですが……」
「ああ、それならやりようはあるぞ。時間は掛かるがな」
「そうですよね、難し……って、ええっ!?」
ジャネットは想定外の返答に驚愕して、美人が台無しになるくらいに愕然とした顔を見せた。
「『元』とはいえ、俺はルシフェリア魔王国の地の四天王だったんだぞ。大地に関わることなら魔界でもトップクラスだという自負はある。まぁ……直接的な戦闘を除けば、なんだが」
アディスはまだまだ収穫途中の畑を眺め、少しだけ口の端を緩めて笑った。
「とはいえ、魔法を使うことになるから、聖王国としてはあんまり気持ちのいいやり方じゃないかもしれないけどな」
「で、では! 魔族の御方、どうかお願い申し上げます!」
難民の代表者が身を低くしてアディスの前に回り込み、改めて跪いて平伏する。
「どうか、指導者として我々を導いてはくれませんか! 何卒、お願い申し上げます!」
「ああ、いいぞ」
「いいんですか!? そんなあっさり決めちゃって!」
驚きの声を上げたのはジャネットだ。
「どうせこの辺りの土地で自給自足するつもりだったからな。元からある畑を有効活用できるなら、それに越したことはないだろ。そのついでに難民が助かるなら、慈善第一の聖王府としても文句はないんじゃないか?」
「そ、それはそうかも、しれませんけど……」
「決まりだな。とりあえず、当面の寝床を確保するか。聖女様向けの部屋もついでにな」
アディスは難民の代表者からの要請をあっさり受け入れると、驚きの連続に脱力しきったジャネットを畑に残し、一人集落の方へ引き返していったのだった。
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