5.移住先の先住者
「ええ、もちろん本気ですとも。さぁさぁ、出発するとしましょうか!」
ジャネットが聖剣を抜き放って虚空を斬る。
すると剣の軌跡に沿って空間の裂け目が生じ、そこから光が溢れ出てきた。
「皆、聞きなさい! 聖王陛下は、この魔族を生きたまま無人の土地に送り出すよう命じられました! 私は辺境に同行し、この魔族の監視に務めます!」
ジャネットは遠巻きに様子を見守る聖騎士達にそう宣言し、彼らの困惑が収まるのも待たず、アディスの方に向き直った。
「魔法ではなく天法を使った空間転移は初めて? 酔わないように気をつけなさい」
「ご心配どうも。そっちこそ、勝手に同行なんて決めてよかったのか?」
「お構いなく。これでも第一位階ですから。行動には大きな裁量が与えられています」
アディスとジャネットは互いの心配を否定し合いながら、光に満ちた空間の裂け目へと踏み込んだ。
「転移先は不毛の地というわけではありません。土地の魔力も多いですし、四天王と呼ばれるほどの魔族なら、問題なく自給自足することができるでしょう」
光の中をゆっくりと落ちていく。
主観的には十秒ほど、しかし外部から見れば一瞬の降下を終えて、アディスは転移先の大地に降り立った。
そこは何もない無人の平原――などではなかった。
あばら家同然の建物が点在する集落。
収穫時期も近いはずなのに、貧相な実りしかつけていない畑。
かなり貧しくはあったが、明らかにそこは小さな村の手前であった。
「……無人の土地じゃなかったのか?」
「あ、あれっ!? こんな場所に村があるなんて、聖王府の資料にも記載はなかったはず……」
困惑を隠しきれない様子で辺りを見渡すジャネット。
すると集落のあばら家から、何人かの男達がぞろぞろ現れた。
彼らは武器代わりに農具を構え、恐怖を必死に抑え込んだ顔で、アディスとジャネットに強烈な警戒心を向けている。
栄養状態が良くないのか誰も彼も痩せこけていて、着ている服も本当に粗末なものである。
「なぁ、聖女様。こういうときこそ、御大層な肩書の使いどころじゃないのか?」
「言われなくても分かっています……!」
ジャネットは鎧に取り付けられていたエンブレムを外し、警戒を強める男達に名乗りを上げた。
「我が名はジャネット! 聖王府より派遣された、アルマロス聖王国の第一位階聖女です!」
「せ、聖女様だって……!?」
「聖王府! 聖王府と仰ったぞ! 遂に救いの手が……!」
聖女の肩書の威力は凄まじく、男達は次々に武器を捨ててその場に平伏した。
それどころか感激に咽び泣いている者もいる始末で、ジャネットは戸惑いながら事情を聞き出すことしかできなかった。
「この魔族は私の監視下にありますから、どうかご安心を。まずは何があったのか教えてください。ここは無人の土地ではなかったのですか」
「……我々は国を追われた難民なのです。かつてはペネム大公国に住んでおりましたが、大公は自らの意に沿わない者を罪人として捕らえ、一方的な裁判で死刑や追放刑を下しているのです……」
「何という酷いことを……」
「この村は、追放された者達が身を寄せ合って作ったもの……しかし作物がうまく育たず、困窮した生活を送っています……」
難民の代表が訴える窮状に対し、ジャネットは沈痛な面持ちで耳を傾けている。
「村の外を見ての通り、今年も収穫は絶望的です! 何とか去年の冬は越えられましたが、次の冬を越えることはとても……! 聖女様、どうかお助けを……!」
「もちろん力をお貸しします。ですが、他国の、それもペネム大公国の難民となると、アルマロス聖王国が干渉するのは外交案件になって……ああ、どうすれば……」
政治的な問題に頭を悩ませるジャネット。
アディスはその肩に手を置いて一歩下がらせ、代わりに自分が難民達の前に進み出た。
「小難しいことは後で考えればいい。まずは当面の食料を用意するのが先だ」
「それはそうですけど……一体どうやって? 空間転移はそう何度も使えませんし、移動距離にも転送量にも限りが……」
「任せておけ。それに、俺が勝手に動くだけなら、外交問題だの何だのを気にする必要もないだろう?」
アディスはジャネットの肩から手を離し、難民達に目を向けた。
「小麦の収穫の準備をしろ。今すぐ畑いっぱいの麦を用意してやる」
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