47.ひとまずの事件解決
――結果だけを述べるならば、川の水量激減の問題は無事に解決へと至った。
バラバラにされたウンディーネのアックアが、魔剣アウローラに引きずられる形で魔界へと帰還したことにより、彼女が専有していた地下水が解放されたのである。
渓谷の底を勢いよく流れる奔流を見下ろしながら、アディスはひとまず胸を撫で下ろした。
これでリブラタウンの水源は安泰だ。
今頃、町の方では祭りか何かのような大騒ぎになっていることだろう。
生活用水になる河川はもちろんのこと、飲料水になる地下水脈も回復したはずなので、当面は水のことでリブラタウンが困ることはないはずだ。
「アディス! 良かった、無事に解決できたようですね……!」
ジャネットが喜色満面で斜面を駆け下りてくる。
一人で新四天王のホムラの足止めを引き受けていたジャネットだったが、見たところ負傷している様子はない。
「やはり原因は残りの四天王が……って! な……何ですかこれは! 魔族の死体……!? 四天王の……!」
喜びから一転、アックアが残した肉体の残骸を目の当たりにし、驚愕に身構えるジャネット。
現時点において、アディスとジャネットはお互いが繰り広げた戦いについて、何の情報も交換していない。
魔剣アウローラの存在に至っては、文字通り想像すらできていないことだろう。
「あー……少し複雑なことになっていてな。俺がやったわけじゃないし、やられた魔族も死んだわけじゃないんだ」
「……それでしたら、まずは山を下りましょう。私も火の四天王を倒したわけではなく、一時的に足止めをしたに過ぎません。一旦、安全な場所まで移動して……」
そのとき、岩山の尾根沿いから凄まじい魔力の波動と、巨大な火柱が勢いよく立ち上った。
「もう気が付かれた……! アディス、早く離脱を……」
だが、次の瞬間。
魔力の閃光が垂直に天を貫いたかと思うと、火柱が真っ二つに切り裂かれて跡形もなく霧散した。
「……え?」
ジャネットが振り返った体勢のまま硬直し、言葉もなく目を丸くする。
そして数秒程度の静寂の後、魔界への転移が発動する気配だけがして、それ以降は何の魔力の波動も感じられなくなった。
恐らく、入れ違いに立ち去っていったアウローラがホムラと接触、反抗的な意志を見せたホムラを斬り伏せて連れ去った、といったところなのだろう。
ホムラの性格上、ジャネットに無傷で切り抜けられて激怒するのも、見知らぬ少女に撤収を命じられて逆上するのも、アディスが容易に想像できる反応である。
アックア同様、ホムラも殺されてはいないはずだから、戦闘能力の高さに胡座をかいた態度を改めるいい機会だ。
「あの……アディス、今のは一体……?」
「説明すると長くなるんだがな。連中の目論見は半分成功で半分失敗ってところだ。とにかく、地上にはもう危険はないはずだ……今のところは」
「は、はぁ。何が何だか皆目見当も付きませんが、あなたがそう言うのなら問題ないのでしょう。今のところはというのが気になりますが」
アディスはゴーレムを再生成して岩山を下りながら、魔剣アウローラについてどう説明するべきなのか頭を悩ませ続けた。
先代魔王の愛剣が蘇ったというところはまだいい。
現魔王と新四天王がアウローラの力を借りようとしているというのも、地上に悪影響が出ないなら看過するだろう。
だが、それが終わったらリブラタウンに押しかけようとしていると知ったら、果たしてどんなリアクションを見せるのか――これだけが全く予想できなかった。
……そんな思考に意識を傾けていたせいなのだろう。
アディスはゴーレムの反対側の肩に座るジャネットが、自分と同じくらいに真剣な面持ちで考えていることに気が付かなかったのだった。






