46.魔剣少女の気まぐれ
「――ふむ、なるほどな」
アディスがこれまでの経緯を掻い摘んで説明すると、魔剣アウローラの端末の少女体は、納得した様子で何度か頷いてみせた。
「おおよその経緯は理解した。確かに王としてのルシフェルは比類なき逸材だったが、父親としては贔屓目に見ても三流だったな。似合わないことこの上なかったぞ」
「魔界広しと言えども、あの先代魔王をこうも軽く扱える奴なんて、それこそお前くらいのものだよ」
「儂とルシフェルは対等の間柄であったからな」
くくく、と喉を鳴らして笑うアウローラ。
たったこれだけの言及であっても、先代魔王ルシフェルと魔剣アウローラの関係性が透けて見えるようだった。
「つまるところ、お主ら四天王はルシフェルが身罷った直後の混乱でバカ息子への注意を怠り、奸臣共が奴を祭り上げる動きを止められなんだと」
「返す言葉もない。だけどお前が眠っていなかったとしても、結果は変わらなかったと思うぞ」
「違いない。剣は斬ることしか能がないものだ。政治と裏工作で攻められてはな」
緊張感を絶やさずに身構えるアディスとは正反対に、アウローラの端末の少女はリラックスしたまま立ち話に興じている。
杖のように突いた黒い剣や、アディスの足元に転がったバラバラのウンディーネのアックアさえ視界に収めなければ、どこぞの令嬢が歓談しているようにも思えたのかもしれない。
「しかし奇妙じゃな。現魔王……サタナキアが暗君であるということは、そこの下等魔族もよく分かっておるだろうに。何故、そのような輩に忠誠を誓っておるのやら」
アウローラにとって、この問いかけは世間話や雑談の類に過ぎない。
ただとりあえず聞いてみただけで、返答があろうとなかろうと大した意味はなく、すぐに興味を失うであろう話題である。
けれどアックアは、上半身と左腕だけが残された体で必死に顔を上げ、アウローラの余裕に満ちた顔を睨みつけた。
「……私達は、先代魔王の治世では評価されなかった。あなたの言う通り、決して上等な血筋ではないし、数少ない得意分野も『戦うしか能がない』と蔑まれた……」
「アックア……お前……」
そう言えば――アディスは今になって思う。
これまで、サタナキアの判断の拙さには何度も毒づいてきたが、新四天王の四人の心境に思いを馳せたことはなかった。
「だけど、あの方は私達を評価してくれた! 四天王の地位を与えてくれた! 確かに……あの方も私達も、先代に劣っているところはあるのかもしれない……だけど!」
「なるほどな。おおよそ理解した」
アディスがアックアに注意を惹かれたその一瞬の間に、アウローラの姿が元いた場所から掻き消える。
次にその姿が現れたのはアディスの背後。
上半身だけで地に伏したアックアを膝で抑え込みながら、首筋に魔剣の刃をあてがっていた。
「取り立てられた恩義ゆえの忠誠。そういう理屈なら儂にも理解はできる。もっとも、泥舟に乗り続けるどころか、腕の悪い船頭を調子に乗らせる真似をしておるのは、実に愚かだと言わざるを得ぬがな」
「何とでも……言いなさい……!」
「まぁよい、一つ答えるがいい」
アウローラの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「お主、もしも儂が『首を刎ねさせたら力になってやる』と言ったら、どう答える?」
「それで気が済むなら、持っていきなさい……!」
「くはは! 即答しおったか! 愚かもそこまで来ると面白いものだ!」
笑いながら立ち上がるアウローラ。
その横顔を見て、アディスは内心で胸を撫で下ろした。
魔剣アウローラは先代魔王にしか御しきれない代物である。
今回もいつ気まぐれを起こすか気が気でなかったが、どうやら誰かに叩き起こされた不愉快さはすっかり忘れてしまったらしい。
これなら、リブラタウンが魔剣の癇癪に巻き込まれる恐れはないだろう。
わざわざここまで出向いて、対応に乗り出した甲斐があったというものだ。
「首はいらん。だが、一撃だけ力を貸してやる」
「一撃……?」
「うむ、読んで字の如く、斬撃を一度だけ振るってやろう。無論、お主らに儂を振るわせるつもりはない。この端末が儂自身を振るうのだ。並の軍勢ならそれだけで充分じゃろうな」
「…………一撃で、充分?」
アックアがぽかんとした顔で目線を上げたので、アディスは肩を竦めて無言の質問に答えた。
「一振りで一軍を砕くってのは比喩じゃない。もちろん防御を固められたら話は別だが、相手もまさかアウローラを引っ張り出してくるとは思ってないだろうから、効果は絶大だろうな」
何はともあれ、川の水量が減少した問題もこれで解決だ。
水さえ戻るなら、サタナキアの企みがどう転ぼうと、アディスの知ったことではない。
しかも、蘇った厄介者を引き取ってくれるようだから、もう言うことは何も――
「そうじゃ、アディス。貴様の屋敷に部屋を用意しておけ。お主と同程度の質なら、それで構わん」
「――は? 今、なんて言った?」
「儂の部屋を用意しろ。一撃の約定が終わり次第、新魔王のところは引き上げるのでな」
「な……どうしてそうなる! 魔界に帰るんじゃないのか!」
「せっかく目覚めたのだから、またすぐに眠るのも勿体なかろう。だが魔界の紛争に首を突っ込むつもりは毛頭ないのでな」
言葉を失って唖然とするアディスを尻目に、アウローラは自分がバラバラにしたアックアの部品を肩に担ぎ、悪びれる様子もなく歩き出したのだった。
「あっ! こ、こら……! まだ下半身が……!」
「ウンディーネなら水に沈めておけばまた生えるじゃろ。下等魔族は楽でいいのう」






