42.ウンディーネのアックア
――四天王ホムラの足止めを聖女ジャネットに託し、アディスは四足歩行のゴーレムの肩に乗ったまま、渓谷へ続く斜面を駆け下りていく。
渓谷の空中で揺らめく火球。
その下では宙に浮いた水流が、まるで何かを受け止めようとするかのように円を描いている。
アディスはゴーレムを止めて渓谷の縁に降り、神秘的とすら思えるその光景を睨みつけた。
「お前もいるんだろう、アックア。隠れてないで出てきたらどうだ」
「――あらあら。腐っても元四天王。さすがに気付かれてしまうわね」
宙に浮かんだ水流の一部が音もなく鎌首をもたげ、美しい女の上半身を形作っていく。
水の四天王、ウンディーネのアックア。
透き通るような白い肌と青く長い頭髪は、半ば水流と一体化して半透明となっており、彼女が水の精霊に属する魔族であることを如実に示していた。
「当たり前だろう。ホムラだけでこんな真似ができるわけがない。他にも魔族がいるってことはすぐに分かったさ」
「ホムラがいるということは、十中八九サタナキア様の差し金。それなら水を操っているのは私に違いない……そういう読みかしら。本当、頭の回る離反者ほど厄介なものはないわね」
「誰が離反者だって? サタナキアが自分の意志で馘首にしたんだ。離反も何も自業自得だろう」
アディスは片手で自分の首を切るようなジェスチャーを返した。
自分を解雇したのはサタナキアの判断であり、それで首が回らなくなったとしても、サタナキア自身の責任にほかならない。
離反者呼ばわりなど心外にも程がある。
「そんなことより、お前達の目的は何なんだ。あんな火の玉を浮かべて、川の水が半減するほどの水を使って……一体何を作ろうとしているんだ?」
「……何をしているのか、じゃないのね。判断の根拠を聞いてもいいかしら」
「あまり俺を甘く見るなよ。俺の専門は土属性ではなく地属性。地中に眠る金属の取り扱いも専門分野のうちだ」
アディスは空中の水流と一体化したアックアを見上げながら、その上に浮かぶ巨大な火球を指差した。
「この距離で見ればさすがに分かる。あれは溶鉱炉だ。超高熱の魔法の炎の只中で金属を熔かし、魔力で絶えず形成しているんだろう。大量の水の使い道は冷却水ってところか」
立て板に水のように淀みなく、アディスは二人の新四天王が取り掛かっている作業の内容を分析し、すらすらと言葉にしてみせた。
「膨大な水を吸い上げても終わっていない辺り、何度も失敗を繰り返してるようだな。それとも、」
アディスが一言紡ぐごとに、アックアの整った顔に不快感の色が滲み出る。
それは却って、アディスの分析が的を射ていることの証明になっていた。
「無尽蔵に水を使われるのは至極迷惑だ。ウンディーネの中でも特に力のあるお前が、川の状況に気が付かないはずがないだろう」
「ええ、もちろん。だけど、地上の人間を気遣ってあげる理由はないの。そもそもここは、人間の国々から遠く離れた辺境のはずでしょう? 迷惑を被る人間が一体どれほどいるというのかしら」
アックアがまるで川から上がるかのような自然さで、空中に渦巻く水流から肉体を分離させた。
そして地表に落下するまでの間に下半身を形成し、艷やかな水の衣を翻しながら、細くしなやかな脚で岩山に降り立った。
「いいわ、知りたいなら教えてあげる。私達がサタナキア様から仰せつかった大役について……ね」






