41.ファイアドレイクのホムラ
「……ーって、おいおい。よりによってアンタかよ」
「久しぶりだな、新四天王ホムラさん。魔王陛下は息災か?」
人化したファイアドレイクの女が忌々しげに顔を歪める。
アディスは口元を吊り上げて、ホムラに挑発的な笑みを送り返した。
対するホムラは舌打ちを返して牙を剥き、笑いとも威嚇とも付かない表情を浮かべた。
「ギーから聞いたよ? 魔王国に戻ってきてもいいっていうサタナキア様のお誘い、あっさり断ったそうじゃないか。身の程知らずにも程があるんじゃない?」
「あいつにも言ったと思うんだが、もう魔界に未練はないんだ。そっちこそ、追放した俺を連れ戻そうとするなんて、一体どういう風の吹き回しだ? ひょっとして、魔界の情勢が拙いことになってるとか……」
ホムラがアディスを睨むように目を細める。
その反応はどんな言葉よりも雄弁に、サタナキアが置かれている情勢の危うさを物語っていた。
「未練はないっていうなら、あんたはもう部外者だ。そこんとこ分かってんだろうな、オッサン。あたしらがやってることに首を突っ込むんじゃねぇよ」
「いいえ、そういうわけには参りません」
ジャネットが鋭い言葉を差し挟み、ゴーレムの肩から飛び降りるや否や、抜き放った聖剣の切っ先をホムラに振り向ける。
「魔王サタナキアの手勢が地上で陰謀を張り巡らせている……その事実だけでも、アルマロス聖王国の聖女が動くに足る理由です」
「なっ……! おい、アディス! どうしてこいつがここに……!」
ホムラはドレイクと同じ爬虫類的な虹彩の瞳を見開き、炎の混ざった息と共に驚きの声を吐き出した。
聖王国の聖女がいるという情報は伝わっていなかったのか――アディスは以前にスプリガンのギーと交戦したときのことを思い返した。
あのときジャネットはアディスと一緒に居合わせていただけで、自分が聖女であると名乗ってはいなかったはずだ。
恐らくギーはジャネットが一般人ではないと気が付かず、地上で見繕った従者か何かだろうと思い込んで、その存在もろくに報告していなかったのだろう。
元四天王が聖女と共同戦線を張っているというのは、魔族が見れば誰でも驚かずにはいられない光景だったに違いない。
「色々あってな。今は聖女サマの監視付きだ。魔族が地上で自由に動くってのも大変なんだよ」
「四天王アディス。この竜人は私が相手をします。貴方は渓谷の奇怪な火球を」
「任せていいか? さすがにホムラは俺の手に余りそうだ」
新たに任命された土の四天王、スプリガンのギーを容易に撃退できたのは、同じ属性の使い手の元部下だったからこそだ。
相手が使う魔法の仕組みは熟知しており、どこにどう干渉すれば術式を妨害できるか知り尽くしていたからこそ、メイン武装のゴーレムを解呪するという荒業が使えたのである。
だが、属性も術式も異なるホムラが相手となると、嫌でも純粋な魔法の威力比べになってしまう。
そうなると、攻撃能力を評価されて新四天王に任命されたホムラの方が、明らかに有利だと言わざるを得ない。
「待て! アディス!」
アディスを肩に乗せたゴーレムが走り出したのを見て、ホムラが翼を広げて飛びかかる。
だが間髪入れずジャネットが割って入り、ドラゴンの前足に変化した腕の一撃を聖剣で受け止めた。
「邪魔はさせません!」
「こいつ……!」
四足歩行のゴーレムはその隙に岩山の斜面を疾走し、落石じみた勢いで渓谷へと駆け下りていく。
ホムラは忌々しげにしながらも、無理にアディスを追いかける様子は見せず、翼を大きく羽ばたかせて後ろへ飛び退いた。
「どういうことだ! どうしてお前がここにいやがる!」
「何の話ですか。その口振り、まるで私個人に恨みがあると言いたげな……」
「白を切るつもりか? その面、忘れもしない! ここで会ったが百年目だ! 『黒い聖女』!」