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40.岩山地帯の秘密工作

 アディスとジャネットを乗せた四足歩行のゴーレムが、荒れ果てた岩山を悠々と駆け上っていく。


 岩山には人の手が全く加わっておらず、道と呼べるものも見当たらない。


 それどころか、この岩山が形成されてからの長い時の中で、一度でも人間が足を踏み入れたことがあるかどうかも怪しいほどだ。


 しかし、ただの馬ではまともに歩かせることも難しい悪路も、ゴーレムの太く力強い四肢であれば、強引に踏破していくことができる。


「異様に魔力が濃密なのは分かりますけど、逆にそのせいで細かいところが感じ取れませんね」


 さすがにジャネットもゴーレムの乗り心地に慣れてきた様子で、肩に座ったまま注意深く周囲を見渡している。


「四方八方から魔力の気配が押し寄せてきて、一体ここで何が起こっているのかは皆目見当も……アディス、貴方なら何か分かるのでは?」

「現状ではまだ何も断言できないな。一つ言えるとすれば、この膨大な魔力は周囲の土地からかき集められたものじゃない。地の底から汲み上げられたものだ」

「地の底……魔界ですか!」


 ジャネットは思わず身を乗り出し、反対側の肩に腰掛けたアディスを問い質そうとしたが、危うくずり落ちそうになって岩の肌にしがみついた。


「そ、それなら黒幕は魔族で間違いありませんね。ですが何故そんなことが分かるんです? 魔力の質が違うとか?」

「まぁ、それもある。だが、隣接する土地の魔力をかき集めているなら、いくら何でも俺が気付く。川の水が減ったことに気付くよりも先にな。そうなると、魔力の出どころは地表の下、地下世界である魔界だと考えるのが妥当だろう」


 周囲からこの山に魔力を吸い寄せているなら、それと同時進行で周囲の魔力濃度が低下していくはずである。


 また必然的に大規模な魔力の流れも生じるので、アディスほどの実力者ならば容易に察知できるに違いなかった。


「なるほど……しかし魔界から膨大な魔力を汲み上げて、何をしようとしているのでしょうか……」

「その辺りは()()()に聞くしかないな。魔力の気配だけで見抜けるものじゃなさそうだ」

「ですよね。まずは当事者を捕らえて……あれ? 今、何と? 犯人が複数犯だとさり気なく仰ったような……」


 ジャネットの怪訝そうな視線を意に介さず、アディスは岩山の頂上、あるいはそのまた向こうを見据えている。


「二種類の属性の気配がする。火と水だな。魔界から汲み上げた無色の魔力を、二体の魔族がそれぞれの得意属性で染め抜いて、大規模な魔法を同時に行使し続けている……ってところか」

「火と水……水……まさか! 川の水量が急減した原因は、その魔族が上流の水を横取りしているから……!」

「可能性は高いと思うぞ。火属性と顔を突き合わせて何をしているのかっていう疑問は残るが、それも山を越えれば分かることだ」


 アディスはゴーレムを加速させ、平地に面した最初の岩山の頂上まで登り切らせた。


 幾つもの岩山が並んだ無機質な山地――その山と山との間に形成された渓谷に、地上ではありえない光景が広がっていた。


 まず真っ先に注意を引くのは、渓谷の空中に浮かんだ巨大な火の玉だ。


 そして渓谷を流れる清流、リブラタウンの水源である川の上流から、大量の水が重力に逆らって巻き上げられ、火球の真下で受け皿のような円盤を形作っている。


「こ、これは一体……!?」

「それをこれから確かめに行くんだ。覚悟はいいな。今更引き返すつもりはないぞ」

「無論です! 急ぎましょう!」


 岩山を駆け下りていく四足歩行のゴーレム。


 阻むもののない坂をあっという間に駆け抜けて、件の渓谷の目と鼻の先まで辿り着く。


 そのとき、どこからともなく一発の火炎弾が繰り出され、ゴーレムの眼前の地面に炸裂した。


「止まれ。それ以上近付くつもりなら、次は直撃させる」


 投げかけられたのは、荒々しい女の声。


 蝙蝠(コウモリ)のような翼を広げて舞い降りる人影。


 長い尾をしならせたその肉体は、表皮の半分近くを赤い鱗に覆われている。


「……ーって、おいおい。よりによってアンタかよ」

「久しぶりだな、新四天王ホムラ()()。魔王陛下は息災か?」


 人化したファイアドレイクの女が忌々しげに顔を歪める。


 アディスは口元を吊り上げて、ホムラに挑発的な笑みを送り返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 縁というやつか、それとも下と上の地理的同期で昔の職場から登ってきた先は大体町の近くになってしますという事でしょうか。 最前線だなー
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