4.聖王の提案
「剣を収めて話を聞け、ですって!? 何を言っているんですか!」
ジャネットは光を纏った左手を添えた耳と、右手の剣を向けた先のアディスに同時進行で注意を向けながら、ここにはいない聖王とやらと言い争っている。
大人しく成り行きを見守るアディス。
聖王とやらは自分の言い分を聞くように指示をしているようなので、余計な口は挟まない方がいいだろうという判断だ。
やがてジャネットは、これっぽっちも納得していない様子で苦々しく顔を歪め、左手は耳に添えたままで聖剣を鞘に収めた。
「そんな、信じられない……魔族アディス。聖王陛下は『百年前のことを覚えているか』と仰っています。嘘偽りなく答えなさい」
「百年前? 人間界であったことか? ええと、だな……」
アディスは腕組みをして記憶の糸を辿った。
「百年前に地上を訪れたときは……ああ、思い出した。隣国が地上侵攻を目論んでいたから、先代魔王……ルシフェル陛下に邪魔をするよう命じられたんだった」
それはサタナキアが王位に就くよりも前の出来事。
もちろん、命令の意図は善意や慈善ではなく、ライバルに地上を手に入れさせまいという妨害工作でしかなかったのだが。
「懐かしい話だけど、それがどうかしたのか?」
「……幼少の頃、あなたに命を救われた。聖王陛下はそう仰っています。破壊された城壁や田畑を復元し、魔族の襲撃から守られたのだと……」
「俺にできる妨害工作なんて、攻撃の成果を台無しにするくらいだったからな。そりゃあ片っ端から直して回ったさ」
百年前に行った作業の詳細など、いちいち覚えてはいない。
だが、アディスの妨害工作――敵軍が苦労して破壊したインフラをすぐに修繕するという嫌がらせによって、どこかの誰かの命が救われていたとしても、何の不思議もないだろう。
「というか、百年前に子供だったって? 人間の割には長生きだな」
「……とっ! とにかく! 地上に来た理由を説明しなさい! 話はそれからです!」
「わ、分かった分かった」
アディスはジャネットの勢いに気圧され、移住を決意するに至った経緯を簡潔に説明した。
――ルシフェリア魔王国では統治者の代替わりが起き、新魔王の方針転換によって、地属性が得意とする裏方の仕事が軽視されるようになってしまった。
そして自分も解雇通告を受けてしまい、ならばいっそ魔界の勢力争いからも距離を置こうと思い立ち、地上の辺境への移住を決意した――
大雑把な説明ではあったが、おおよその主旨は押さえた内容になっているはずだ。
ジャネットは再び遠くの聖王と言葉を交わし、それから苦虫を噛み潰したような顔でアディスに向き直った。
「魔族アディス、いえ、四天王アディス。聖王陛下はあなたの地上移住を容認すると仰っています」
「本当か? 驚いたな……」
「ただし、人間の国家の領地から離れた辺境であること。他にも色々と条件はありますが、少なくともこれを飲めないのなら、実力で排除させてもらいます」
アディスは一も二もなく、その条件に同意した。
最初から辺境に隠れ住むつもりでいたので、こんな条件はあってないようなものである。
むしろ、アディスが望む形で人間界移住の移住のお墨付きが得られたのだから、幸先の良いスタートだと言うより他にない。
「それともう一つ! 私からも条件があります!」
ジャネットがアディスにびしりと指を突きつける。
「私も辺境に同行します。あなたがおかしな真似をしないかどうか、間近で観察しなければなりませんから!」
「……おいおい、本気か?」
「ええ、もちろん本気ですとも。さぁさぁ、出発するとしましょうか!」
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