39.疑惑の源流へ
――翌日。
全ての準備を済ませたアディスは、川の流水量が減少した原因の調査をするため、聖女ジャネットを引き連れてリブラタウンを後にした。
移動手段は、以前に休暇と称して町の周囲を探索したときと同じ、大型類人猿の歩法に類似した四足歩行のゴーレムだ。
そのゴーレムは馬の背よりも大きな左右の肩に、それぞれアディスとジャネットを腰掛けさせて、二本の腕と短い脚で軽快に大地を掛けている。
「あ、あのっ……! 長距離移動なら、私の天法でもよかったのでは!?」
ジャネットは首のないゴーレムの頭にしがみつき、馬とも違う独特の揺れに翻弄されていた。
術者であるアディスは完全に慣れたものだが、初めてこのタイプのゴーレムの肩に乗せられたジャネットは、一歩踏み出すごとに頭部を掴む腕に力を込めている。
「どこに原因があるのか分からないんだ。大雑把な移動しかできないうえに、何度も連発できないような手段は不向きだろ。こうやって片っ端から見て回るのが一番だ」
「で……ですけど、これはさすがに……」
「すぐに慣れる。うっかりずり落ちない限りは安全だ」
「ですからそれが難しいのであって!」
ジャネットの抗議の声が聞き入れられることはなく、ゴーレムは川沿いの平原を上流に向かって黙々と走り続ける。
道路など全く整備されておらず、自然のままの地面には背の低い草が生い茂っている。
生身の徒歩で歩くには少々面倒な足場だが、悪路の踏破を前提としたゴーレムにとっては、平らな草原など整備の行き届いた街道も同然だ。
「今のところ不審なものは見当たらないな。そっちは何か気付いたか?」
「いえ、何も……見渡す限り、平穏な草原が広がっているばかりですね。川の水が普段の半分もないことを除けば……ですが」
先程から川沿いに上流を目指しているものの、未だに水量減少の原因は見つからない。
それどころか、どれだけ川を遡り続けても、流水量が元に戻る気配すら感じられなかった。
「ここまで何もないなら、源流がある岩山まで遡上するしかなさそうだな。野営の準備もしてあるとはいえ、できれば夜までに引き返したいところだが……」
アディスは肩越しにちらりと後ろを――ゴーレムの背中を見やった。
ゴーレムの背部には大きな背嚢が縛り付けてあり、その中には日帰りができなかった場合のための備えが収められている。
「日が落ちたら、私の天法で町に転移するという手もありますよ。夜が明けてから同じ場所に転移し直せばいいんです」
「ああ……その手もあったか。まぁ、備えあれば憂いなしと言うからな。保険を掛けておくに越したことはないだろう」
「ですね。もしも魔族が原因なら、何かしらの妨害が仕掛けられている可能性も――」
ジャネットはそこまで言いかけて口を閉ざし、睨みつけるかのように視線を上げた。
いつの間にか、ゴーレムは上流の岩山の麓に差し掛かっており、目の前には荒々しい山肌がそびえ立っていた。
「……四天王アディス。これはやはり……」
「お前も感じたか」
「当然です。こうも垂れ流しなら、最低位階の聖女でも一目瞭然でしょう」
「全くだ。隠蔽しようっていう気は、まるで感じられないな」
アディスとジャネットが感じ取ったもの――それは岩山の奥から溢れ出る魔力の気配であった。
「自然に発生した魔力溜まり……という線はありえますか?」
「いや……それはないな。お前の読み通り、どこぞの魔族が地上に手を出してきた……そう考えた方がよさそうだ」






