38.聖女と姫の語り合い3
「聖女や天法って、そもそも何なのでしょうか。私……そういう知識も全然なくって……ごめんなさい」
ジャネットはプロセルピナの質問を受け、意外そうに目を丸くしてから、小さく納得の言葉を漏らした。
「ああ……地上では常識でしたが、地下だと違うのですね。構いませんよ、そこから説明いたしましょう」
人間と魔族では知識の内容に違いがあっても当然だ。
ましてや箱入り娘の姫とあっては尚更である。
なのでジャネットは、さして気に留めることもなく、プロセルピナが抱いている疑問に答えることにした。
「大地を流れる力である魔力に対し、天力は読んで字の如く天を満たす力です。発生源が違うだけで同質の力だとする説もありますが、私としてはそうは思いませんね」
ジャネットは聖女として身につけた知識と、アディスとの交流を通して新たに学んだ知識を元に、プロセルピナでも分かりやすいように言葉を選んでいく。
「魔法と天法の違いは幾つもあります。魔法の方がより細かな属性に分かれているとか、魔族は天法が弱点だけどその逆は成立しない、ですとか。しかし特に分かりやすいのは、やはり習得する手段の違いでしょう」
「習得過程……ですか?」
「はい。私が知る限り、魔法は魔族や魔法使いから、あくまで技術として教えられるものです。ちょうど、アディスがリブラタウンの住民達に基礎を教えているように」
契約を結んで魔法を教わる場合もあるようではあるが、それは言ってしまえば家庭教師の契約を結ぶようなものであり、代償に何を求められるのかは相手次第となる。
物品や金銭を求められることもあれば、服従を強いられることもあるのだろうが、こればかりは相手を選んで交渉するより他にないだろう。
「しかし天法は、天上の神との契約を介し、その御力を借り受けるものです。魔法は呪文や儀式で自ら魔力を操って発動させますが、天法は違います。私達が行うのは、天上の神に助力を請うことだけ。天法の発動は神が行う御業なのです」
ジャネットはできるだけ分かりやすく、簡潔な表現を心がけて、魔法と天法の最大の違いについて説明した。
その甲斐あってか、プロセルピナは興味深そうにジャネットの言葉に耳を傾けている。
「天法の習得とは、天上の神に認められて契約を交わし、発動の請求権を得ることを意味します。このため、天法使いは例外なく神に仕える聖職者であり、位階が上がるほど多くの天法を使う権限を獲得できるのです」
「な、なるほど……つまり聖女というのは、そうやって天法使いになった女性のことなんですね」
プロセルピナは合点がいったとばかりに頷いている。
しかし、ジャネットは少しだけ申し訳無さそうに、首を小さく横に振ってプロセルピナの発想を否定した。
「いえ、聖女ではない女性の天法使いも大勢います。というか、そちらの方が圧倒的に大多数ですね」
「それじゃあ、聖女って……」
「俗な表現で端的に表現するなら、特別な訓練を受けた女性天法使い、といったところでしょうか」
ジャネットは冷めかけたハーブティーに再度口をつけ、喋り続けて乾きつつある喉を潤してから、どこか昔を懐かしむように言葉を続けた。
「聖王府は私のように身寄りのない少女を集め、対魔族、対魔法使いの戦闘を前提とした高度な訓練と教育を施しています。聖女とはその訓練課程を終えた天法使いの肩書で……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「何ですか? 女性ばかりなのは百年前からの伝統ですよ? 侵略のせいで大人が大勢命を落とし、たくさんの孤児が生じましたからね。男児は将来的に兵士となることが望まれたので、消去法で女児を天法使いとして……」
「そ、そうではなく!」
プロセルピナはジャネットの言葉を遮って、テーブルに両手を突いて身を乗り出した。
「身寄りがないって……ご家族がいないのですか?」
「はい。教会の前に捨てられていた赤子だったそうです。創作童話でよくあるシチュエーションですから、自分がそうだったと知ったときは驚きましたよ。今どき、そういうのが本当にあるんだなって」
まるで鉄板の笑い話でもしているかのようなジャネットの態度に、プロセルピナは困惑しながら椅子に座り直した。
気まずいことを聞いてしまった、なんて思った自分の方がおかしいのだろうか――などと悩んでいることが顔にありありと浮かんでいる。
ジャネットはそんなプロセルピナの様子を見て、軽く肩を竦めながらくすりと笑った。
「物心ついた頃から、他の聖女候補と寄宿舎暮らしでしたから。右も左も同じ立場の子ばかりで、自分のことを不幸だと思ったことは一度もありませんよ。こう答えるといつも驚かれるんですけどね」






