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37.聖女と姫の語り合い2

 ジャネットは慣れた仕草でハーブティーの準備を済ませ、お茶請けと一緒にトレーに乗せて部屋に戻ってきた。


 その間、プロセルピナは椅子に座って所在なさげに待っていて、ジャネットに勧められるままに口をつけた。


「……美味しいです」

「それはよかった。ええと、私がどうしてアディスを見守ると決めたのか、でしたね」


 自分もハーブティーで唇を湿らせてから、ジャネットは静かな声でプロセルピナの疑問への答えを語り始める。


「今から百年ほど前、地上はとある魔族の軍勢の侵略に晒され、あらゆる国が大打撃を受けました。魔族と魔法を邪悪な存在と見なす傾向が生まれたのも、ハッキリと言ってしまえばこの侵略が原因です」

「で、ですよね……侵略なんかされたら、当然そうなっちゃうわけで……」

「あなたが恐縮してどうするんですか。あなた自身もあなたの国も、あの侵略には関わっていないんでしょう?」


 ジャネットは少しだけ困ったように眉をひそめ、すぐに続きを口にした。


「とはいえ、あの件からしばらくの間……人間は魔族よりも短命ですから、数世代に渡るのですが。地上では魔族全てを敵視し、魔族と契約を交わして魔法を学んだ人間を弾圧する方針が支配的でした」

「……その時代だったら、私もアディス様も……」

「ええ、問答無用で討伐対象だったでしょうね。それどころか、アディスから魔法の基礎を学んだ村人達も()()()()()()だったと思います」

「あれ……えっ、よくて……えっ?」


 言葉の端々から滲み出る違和感に、プロセルピナは困惑して大きな目を瞬かせる。


 しかしジャネットは構わず説明を続行した。


 百年前の侵略のとき、アディスと当時の主君は敵の敵は味方と考え、人間に味方をして侵略者の撃退を助けた。


 多くの人間はそれを知らずに魔族と魔法を憎んだが、一部の人間はその事実を忘れなかった。


 そして、その一人だった少年は努力を重ねて出世を繰り返し――


「――遂には聖王国の頂点に上り詰め、志を同じくする人間達と協力し合って、自らの権限で人間達の意識改革に乗り出しました。魔族と魔法を無条件に敵視していては、却って大きな損失を生むことになると考えたのです」


 ジャネットはリブラタウンがその動かぬ証拠だと受け止めている。


 魔族は全て憎き敵、魔法は全て唾棄すべき邪悪……そんな古い価値観が残っていたら、リブラ村の難民達は生きる術を掴むことなどできなかった。


 人間に危害を加えない魔族も存在し、魔法にも有用な使い道があるのだという価値観が生まれていたからこそ、彼らは揃ってアディスに頭を下げることができたのだ。


 これが数十年前の人間なら、魔族に縋るくらいなら死んだ方がマシだと、本気で心の底から考えていたに違いない。


「そういう経緯もあって、聖王陛下はアディスの行動を黙認する決定を下しました。しかしながら、これはあくまで黙認であって、聖王国の公認を与えたわけではありません」


 ジャネットは一旦そこで言葉を切って、お茶請けの安価な菓子を口に運び、ハーブティーのカップを傾けた。


 プロセルピナもそれに倣ってクッキーのような菓子を齧っているが、口が小さいせいで、リスか何かを思わせる食べ方になっている。


「聖王陛下はアディスの介入で命を救われたお方ですから、無意識に評価が甘くなっておられたのかもしれません。しかし私は、当時のアディスを信頼できませんでした」

「だから、自主的に監視を申し出た……」

「ええ、そういうことです。全ての魔族が邪悪とは限らない……しかしそれはあくまで例外であって、まずは疑って掛かるべき。私は聖女としてそう判断したのです」


 アディスの好きにさせろという聖王の考えと、百年前に人間の味方をした魔族であっても疑うべきという自分自身の考え――それらの妥協点が、監視役としてすぐ近くで様子を伺うという判断だった。


 しかしこれも、監視を始めた当初のスタンスに過ぎず、今は少しばかり考えが変わってきているのだが。


「……私は今日まで、アディスの働きを間近で見守り続けました。それを踏まえて考えると……」

「あの……ジャネットさん。根本的なことをお聞きしても?」


 プロセルピナがおずおずと口を開き、上目遣いで申し訳無さそうに見上げてくる。


「聖女や天法って、そもそも何なのでしょうか。私……そういう知識も全然なくって……ごめんなさい」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女とか、それ聞きたかった!
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