36.聖女と姫の語り合い
――明日の探索に向けた準備の内容は、かなりの多岐に渡っていた。
準備とは、アディスが持っていく荷物の用意だけでない。
町長不在の間のリブラタウンの運営をどうするか、万が一の場合にどんな防衛体制を取るのか。
こういった予定を立て、必要な指示を出しておくのも準備のうちだ。
そしてアディスが精力的に準備を進めている間、聖女ジャネットは自室で武器の手入れに精を出していた。
「魔族との交戦も充分にあり得る状況……油断はできない……」
真剣な面持ちで聖剣を磨き、曇りのない剣身に瞳を映す。
それは聖女という肩書から受ける印象とは異なり、むしろ聖戦士や聖騎士と呼ぶ方が相応しい雰囲気を湛えていた。
だが、部屋の扉がノックされた途端、すぐに表情が柔らかいものに切り替わる。
「どうぞ、入っても構いませんよ」
「し、失礼します……」
ジャネットの部屋を訪れたのは、アディスではなくプロセルピナであった。
想定外の来客に驚くジャネットだったが、慌てることなくプロセルピナを招き入れ、椅子に座ったまま聖剣を鞘に収めて向き直った。
「プロセルピナでしたか。私に何かご用事でも?」
「あの……用事というほどじゃないんですけれど……少しお尋ねしたいことがありまして……あっ、ミントはお邪魔かと思ったので、留守番させています……」
しかしジャネットは、部屋の窓の外に妖精の姿が見え隠れしていることに、ちゃんと気が付いていた。
プロセルピナが嘘をついているわけではなく、心配になったミントがこっそり後をつけてきたのだろう。
魔族の姫が一人きりで聖女に会おうというのだから、従者としては気が気でないに違いない。
むしろ、健気さや微笑ましさを感じてしまう状況だ。
別にだからというわけではないが、ジャネットは窓の外のミントに気が付かない振りをして、何事もなかったかのようにプロセルピナの質問を待つことにしたのだった。
「ええと……ジャネットさんは、どうしてアディス様に従っておられるんですか?」
「従ってなどいません。あくまで監視役です」
「あっ、ごめんなさい!」
ジャネットは別に怒ったつもりはなかったのだが、プロセルピナは叱られた子供のように慌てて頭を下げた。
ひょっとして口調がきつかったのだろうか。
内心でジャネットは自分の言動を省みた。
いくら魔族とはいえ、無条件でプロセルピナを敵視するつもりはない。
普通に接しているつもりなのに、こんな風に怖がらせてしまうのだとしたら、それは自分の言動に問題があるということだろう。
「し、質問を変えますね? ジャネットさんはどうして、アディス様を見守ることになさったんですか? その……聖女なら、地上に出てきた魔族を討伐しようとするものかな、と……」
「……私達が敵視するのは、人間に危険を及ぼす魔族です。しかし意味もなく地上に出てくる時点で、人間の脅威になりうると判断して差し支えない……私は当初、そう考えてアディスを討とうと考えました」
プロセルピナが大きな目を更に丸く見開く。
ジャネットはそんなプロセルピナのリアクションに、何とも言えない人間味のようなものを感じていた。
魔族に人間味を感じる――その言い回しに違和感を覚えなかったことが妙におかしくて、ジャネットは思わず微笑を溢してしまった。
「話せば長くなりますから、お茶でも入れてきましょうか。茶葉はないのでハーブティーになりますけど」






