34.次なる問題の前触れ
移住希望者向けの区画は、リブラタウンがまだ村を名乗っていた頃の土地に隣接する形で、新たに設けられた住宅区画である。
村の畑とは反対方向の空き地を開拓した区域であり、路面も建物もまるで下ろしたての礼服のように真新しい。
「とりあえず、一家族に一軒ずつ家を用意したら百軒近くになりそうだったから、土地を節約する意味も込めて集合住宅を中心にしてみたんだが……これで問題ないか?」
「おお……実に見事な仕上がりだと思います。大公国の首都の一画に負けずとも劣らぬと申しますか……道の左右に複数階建ての建築物が並んでいるのを見ると、やはり都市の町並みを思い出しますね」
アディスが説明したとおり、この区画の住居は二階建てか三階建ての長屋のような住居が中心となっている。
この辺境の土地は魔力が豊富過ぎるため、魔力の濃度を制御した限られた範囲でなければ、人間のための町や畑を作ることができない。
そこで集合住宅の形式を取ったのだが、それが逆に都会的な雰囲気を醸し出す結果になっていた。
基本的に、都市は防衛用の城壁に囲まれているものなので、限られた面積を有効活用するため、数階建ての建物が一般的になっているのである。
「ジャネットも同じようなことを言っていたな。やっぱり現代の都市もこんな感じなのか。地上の都会なんて百年前に訪れて以来だが、意外と変わっていないものなんだな」
「意図して人間の都市に似せられたのではなく?」
「偶然の一致だ。限られた範囲に多くの人口を詰め込めと言われたら、誰でも似たような発想になるだろう?」
アディスはブランドンの表情の変化を観察し、彼が住宅区画の仕上がりに満足していることを確信して、満足気に小さく頷いた。
ここを含めたリブラタウンの全景を言葉にするなら、元々『村』だった部分は少数の住居と役場を抱えた広場のようになっていて、その東側にこの住宅区画がくっついている形になっている。
まだまだ拡張性は充分に残されており、同程度の住宅区画を北と南と西にも設けられる程度の余裕はある。
三方向にも住宅区画を追加し、全体をぐるりと城壁で囲んでしまえば、名実ともに『都市』と呼べるくらいの町に仕上がるに違いない。
アディスが今後の都市計画に思索を巡らせていると、ブランドンが逸る気持ちを抑えきれない様子で振り返った。
「さっそくですが、領民達をここに呼び込んでもよろしいでしょうか」
「ああ、いつでもいいぞ。細かいところは自分達で好きに仕上げてくれ」
「分かりました、ありがとうございます! それでは失礼をば……!」
深々と一礼をして、大急ぎで走り去っていくブランドン。
アディスは確かな手応えを感じながら、ブランドンに少し遅れて中央広場の方へと引き返していった。
するとそこに、聖女ジャネットが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「こちらにいましたか! 緊急の報告があります!」
「どうした、畑かどこかに問題でも起きたのか」
「いえ、町ではなく川の方です! 住民からの報告なのですが……最寄りの川の水量が異様に減少しているそうなのです!」
「……何だって?」
ジャネットからそう告げられるや否や、アディスは事の真偽を確かめるため、リブラタウンの水源の一つである川へと急行した。
そう簡単に枯れるような規模の川ではないはずだが、もしも何かの間違いで川がなくなるようなことがあれば、畑の維持ができなくなり町の存亡にも関わってしまう。
やがて件の川辺まで到着したアディスは、現状をその目で確かめた。
「これは……前に見たときの三分の二……いや、半分近くに目減りしているな……いくらここ数日が晴れ続きだったとはいえ、さすがに減少量が多すぎる」
アディスは上流に目を向け、短く嘆息した。
「まったく、息をつく暇もないな。怪しい森の次は、源流の山に乗り込むことになりそうだ」






