31.ひとまずの受け入れ
アディスに連れられてリブラ村に到着したプロセルピナは、真っ先に村の中心人物達と引き合わされることになった。
彼らはアディスが現れるまで村を率いていた面々で、今でもアディスが村人に指示を出すときの仲介役になったりするなど、村役場の役人のような立場で村の運営に携わっている。
たとえプロセルピナが人間の姫だったとしても、村人の中でまず最初に顔を合わせることになったのは、間違いなく彼らになったことだろう。
「……というわけで、新たにこの魔族の身柄を預かることにした。人聞きは悪いかもしれないが、お互いに手出ししない証明としての人質だと思ってくれ」
「名なしの森に魔界を逃れた魔族が潜んでいた……狩人達の言っていたことは本当だったのですな……」
「その姫を留め置くというのは、アディス様が仰るとおり抑止力になりそうで……」
彼らはアディスの考えに賛同を示しながらも、しきりにプロセルピナへと視線を向けている。
魔族を恐れているとか、プロセルピナを嫌悪しているとか、そういう感情は感じられない。
端的に言うなら、好奇の眼差しの類である。
プロセルピナは可憐な少女の外見をしているが、長く伸ばした頭髪の色は人間ではありえない若草色で、魔界人の外見的特徴である二本の角もちゃんと生えている。
角というより木の枝や根に近い形状で、側頭部から額の側に向かって伸びてはいるが、せいぜい中指程度の長さなので髪飾りのようにも思えなくもない。
アディスと出会って初めて魔族を見たような者達からすると、やはり注意を向けずにはいられないのだろう。
「ええと……よろしくお願いします」
「おお……」
プロセルピナが無難な挨拶をしただけで、この場の面々が揃って感嘆の声を漏らす。
その様子を眺めていたジャネットが、こっそりとアディスに耳打ちをする。
「……見た目の愛らしさで、かなり判断が甘くなっている感がひしひしと……彼女も魔族なら見た目通りの年齢ではないのでしょう?」
「まぁな。だけど角の長さから察するに、魔界人としては幼い方だぞ。見たところ植物系の他の魔族の血も混じっていそうだな」
「何だか釈然としませんけど、ひとまず受け入れて貰えそうな気配ではありますね……」
ジャネットの何とも言い難い反応に、アディスは苦笑を浮かべることしかできなかった。
やがて住民代表との対面が終わり、緊張から解放されたプロセルピナはテーブルに突っ伏して長い息を吐いた。
「はう……緊張しました……」
「あいつら絶対プロセルピナにアレな視線向けてたって! 飛び出して引っ掻いてやろうかと思った!」
頭の周りを飛び回るミントに困り顔を向けるプロセルピナ。
「もう、考えすぎだってば。あれ……でもよく考えたら凄く見られてたような……でもまさか……ひょっとして……!」
「考えすぎです。ただの好奇心の視線です」
そこにジャネットが水を持ってきて二つのコップに注ぎ分け、好きな方を取るようプロセルピナに促した。
「……あ、ありがとう、ございます」
「ねぇねぇ、蜂蜜とかないの? 水じゃ味気ないでしょ」
「ありません。ごく最近まで、今年の冬のパンにすら困る有様だったんですから」
ジャネットはプロセルピナがコップを選んだのを見て、もう一方のコップを取って喉に流し込んだ。
プロセルピナは気付いていないようだが、ジャネットの行動には毒を入れていないことを示す意図も込められている。
「そんなことより、この村の人間と共存していくつもりがあるのなら、今のうちに他の住人とも打ち解けておくことをお勧めしますよ。もうすぐ人口が何倍かに膨れ上がりますから」
「ええっ! ほ、本当ですか!?」
「大勢の移住希望者が到着目前なので。そうですよね、四天王アディス」
急に話を振られたアディスは、少しばかりの間を置いて小さく頷いた。
「ああ。ブランドンの領民が加われば、いよいよこの集落も『村』を卒業だな。川の上流の山の調査は……移住した連中の生活が落ち着いてからでいいだろう」
アディスが語った通り、これから数日と経たないうちに、リブラ村はその名称から『村』を返上することになる。
それは辺境が発展していく大きな第一歩であり――また同時に、良くも悪くも更に大きな騒動が引き起こされる前触れでもあった。
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