30.お付きの小妖精
地上の光景に歓喜するプロセルピナの姿は、ただ眺めているだけでも退屈しそうにないものだったが、いつまでもここで足を止めているわけにもいかない。
そろそろ村への移動を促そうとしたところ、プロセルピナの服の胸元が激しく暴れだし、小さな何かが飛び出してきた。
「きゃっ!?」
驚いてしゃがみ込むプロセルピナ。
アディスは剣を抜こうとしたジャネットを片手で制しながら、もう一方の手でその小さな何かを捕まえた。
花を模したドレスのようなものを身に纏った小さな少女――小柄だとか幼いとかいう域を越えた、掌のサイズと大差ない背丈の魔族が、アディスの手の中でじたばたと暴れている。
「こら! 離せ! 離せってば!」
「小妖精だな。プロセルピナ、お前の付き人か?」
「ミント!? いつの間に! ご、ごめんなさい! 勝手についてきたみたいで……!」
アディスが手を離してやると、ミントと呼ばれたそのフェアリーは半透明の羽を動かしてプロセルピナの方へ飛んでいった。
箱入り娘然としたプロセルピナとは反対に、気まぐれさと生意気さの塊に愛らしさの服を着せたようなそのフェアリーは、いーっと口を横に引き伸ばして拙い反抗心を向けてきた。
大の大人がやれば情けないことこの上ない動作だが、子供やフェアリーがやる分には憤りも湧いてこない。
アディスはフェアリーなら当たり前だとばかりに平然としていて、ジャネットもフェアリーを目撃した驚きの方がずっと強く、プロセルピナだけが大袈裟に頭を下げ続けている。
「驚きました。数ある魔族の中でも、フェアリーは地上に現れやすい種類だと聞いていましたが……現物を目の当たりにするのは初めてです」
「現物じゃないなら見たことがあるのか?」
「ええ、聖王府の教育機関で標ほ……もとい、参考資料を見たことがあります」
ジャネットが口にしかけた単語を耳聡く聞き取ったのか、ミントがプロセルピナの頭の周りをぐるりと巡ってから後頭部に身を隠す。
「げげっ! プロセルピナ、こいつヤバいって!」
「失礼な。れっきとした学術的資料です。収蔵されているのは魔族だけでなく……」
「ジャネット。フェアリー相手に理屈をこねても意味はないぞ。種族全体が高純度の悪餓鬼なんだからな」
アディスは生真面目に言い返そうとするジャネットを落ち着かせてから、申し訳なさげなプロセルピナに向き直った。
「すみません……あの森で一緒に暮らしていたフェアリーなのですけど……知らないうちに……」
「気にするなよ。別に、お前以外を連れてきたらいけないわけじゃないからな。トレントの連中を村に招くのは、さすがに無理があるってだけで」
トレントの巨体は普通の建物に収まらず、人間離れした外見が村人に恐怖を与える恐れもあり、何より森の外の環境は彼らに適したものではない。
人質と表現するのは聞こえが悪いが、あちら側の誰かをリブラ村に連れて行くなら、どう考えてもプロセルピナ以外の選択肢がなかっただけのこと。
そこにフェアリー一体が混ざったところで何の問題もない。
「ただし、村の連中に笑えない悪戯をするようなら、相応の対応はさせてもらうぞ。聖女じゃなくて俺の責任でな。最低でも森に突き返されるくらいは考えておくように」
「は、はい! ミントも分かった?」
「むー……プロセルピナが言うならしょーがないなー……」
ミントは新緑色をしたプロセルピナの頭に乗って頬杖を突き、渋々ながらにアディスの忠告を受け入れたような素振りを見せた。
「……まぁ、脅すようなことも言ったけど、村に馴染んでくれるなら歓迎だ。村に馴染めるよう全力を尽くすから、そこは安心してくれ」
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