29.箱入り娘の新体験
その後、アディスは森の姫プロセルピナを連れ、聖女ジャネットの天法でリブラ村へ引き返すことにした。
……のだが、ジャネットが開いた空間の狭間を前にして、プロセルピナは露骨に不安の表情を浮かべている。
「ひゃっ! ……こ、これ、天力? お父様が言っていた、魔族を滅ぼす力……?」
「そういうために使われてきたことは否定しませんけど」
「や、やっぱり!?」
「天法が全て魔族に有害というわけではありませんよ。そういう効力を込めたものだけです。この転移の法は、四天王アディスも何度となく利用しています」
そそっかしく焦るプロセルピナにジャネットが説明をしている間に、アディスは狩人達を先に潜らせておいた。
どうやら少々長い話になりそうだったので、案内の仕事が終わった彼らを魔族の森に引き止めておくのは悪いだろう。
「アディス様の領地で人質となることには同意しましたけど……まさか移動手段が天法だったとは……うう……」
プロセルピナは天法の光に満たされた空間の裂け目に手を伸ばしては、光に触れそうになったところでびくりと腕を引っ込めている。
彼女が天力、ひいては天法に恐れを抱くのは当然の反応だ。
大部分の魔族は一度も地上に出ることなく一生を終える。
彼女ほどの若さならなおさらで、あんなことがなければ地上に転移することなどあり得なかっただろう。
「実際に見るのは、生まれて初めてで……」
「プロセルピナ。故郷では天法と聖女について、故郷ではどんな風に教わったんだ?」
小国の姫なら地上のことを知識として学んでいるはずだが、その教育内容が果たして実情を反映しているかどうか。
もっと言うなら、大袈裟で恐怖心を煽る内容になっていないかというと、正直かなり疑わしい。
「ええと……聖女は地上に魔族が存在することを許さず、まるで不死身の猟犬のように魔族を追い詰める、と……天法はその光を浴びた魔族をたちどころに消滅させる、と……そう教わりました」
「……やっぱりか。百年くらい前の認識だな」
アディスは呆れ気味に首を横に振った。
さっきからプロセルピナが、ジャネットに警戒と恐怖の混ざった視線を向けているのも当然だ。
「聖女も聖王もそこまで短絡的じゃないさ。百年前はどこぞの魔族が地上に侵攻していて、聖女と出くわす魔族はそいつの手下ばかりだったんだ。だからこそ攻撃的で高火力な天法ばかり使っていただけだ」
「そうですよ。聖王陛下は四天王アディスを自由にさせるよう命令なさいましたし、私もあなたを村に連れ帰ることに同意しました。聖王国の名誉にかけて、あなたに危害は加えません」
ジャネットはプロセルピナから怖がられていることが不服らしく、腰に手を当てて唇を尖らせている。
「お前もそう怒るな。魔界で生まれ育った箱入り娘ならこんなものさ」
「怒っていません。強いて言うなら、あなたからの扱いが不服です。もっと心優しい聖女らしい扱いをですね」
自分で言うのかという反応を飲み込みながら、アディスはプロセルピナの手をそっと取った。
「あっ……」
「絶対に安全だと保証してやるけど、不安なら一緒に行こうか。それなら安心だろ」
「は、はいっ!」
プロセルピナの手を優しく引きながら、アディスは天力の光に満たされた門を潜った。
すぐにジャネットも後に続き、全員の転移が終わったところで亀裂が閉じる。
転移した先はリブラ村の少しばかり手前、畑でも草原でもない拓けた場所だった。
「……わあっ!」
プロセルピナが心の底からの驚きの声を漏らす。
「これが地上の空、地上の町……! 凄くキラキラしてる……!」
「まだ町というより村程度の規模だけどな」
「空でしたら、あの森からでも見えたのでは?」
ジャネットの素朴な疑問に、プロセルピナはうっとりとしたまま首を横に振った。
「あの森で見ていた空も青くて素敵でしたけど、森の外の空はとっても広くて透き通っていて……想像していたより、ずっと……」
アディスはジャネットと視線を交わし、言葉を漏らすことなく微笑を浮かべあった。
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