28.小森国の姫君
色々と不満げなジャネットを脇に置いて、アディスは名なしの森に居座っていた魔族をかき集め、どうして地上に現れたのかを聞き出すことにした。
まずは緑髪の魔界人の少女を目の前に座らせ、その後ろにトレントの集団も同様に座らせておく。
アディスにとってはさして非現実的な光景ではなかったが、地上の人間にとっては魔族が申し訳なげに座り込んでいるというだけで、我が目を疑わずにはいられない状況であった。
むすっと黙り込んだままの少女に代わって、最も高齢だと思しきトレントが口を開く。
「よもや、ルシフェリア魔王国の四天王のお方がいらっしゃったとは……大変なご無礼をお許しください」
「元四天王だ。それはともかく、どうして地上の森なんかに潜んでいたんだ。少なくとも魔王国の住人ではないな」
「はい……私共は、魔界のとある森を領地とする小国に、長らくお仕えしていたのですが……」
老樹のトレント曰く、かつて彼らが暮らしていた森の国は、アディスの祖国とは別の有力国に臣従することで、辛うじて存続していたのだという。
その有力国の名前はアディスもよく知っていたし、話を聞いたことで『あの森のことか』と思い出すことができた。
ところが、最近になって魔界の勢力バランスが崩れたらしく、宗主国が唐突に方針を転換。
森の国を併合して戦力を整えようと目論み、激しい圧力をかけてきたのだという。
「……四天王アディス。戦力バランスが崩れたというのは、もしかして……」
「十中八九、サタナキアが魔王になったことが原因だろうな。名だたる名君の跡目がアレなら、どこの国だって隙を突こうとするに決まってる」
アディスは呆れと申し訳無さを同時に感じて、小さく首を横に振った。
なまじルシフェリア魔王国が大国なため、そのトップがおかしなことになれば、魔界全体に大きな影響を与えてしまう。
サタナキアの魔王就任も、その後に続く四天王の総入れ替えも、一国のお家騒動では済まない大事なのだ。
「我らの主君は何とか圧力に抗っておりましたが、それもいつまで続くか分からず……そこで姫様を安全な土地に避難させようと思い至ったのです」
「姫様!? 四天王アディス、まさかこの魔族が……!」
「地上なら地方貴族程度の勢力の小国だろうがな。とにかく事情は分かった。問題はこれからどうするか、だが……」
アディスは一旦言葉を切り、聖女ジャネットと狩人達に向き直った。
「……討伐するつもりはあるか? それとも聖王府に報告でも?」
「ぐっ……! こちらに攻撃を加える意思があるならまだしも、こうも全面的に降伏した相手を処断するというのは……しかし、このまま放置しておくというのも……」
ジャネットは本気で悩んでいる様子で身悶えている。
何だかんだ言いつつも、ジャネットは冷酷になりきれる人間ではないのだ。
人間に危害を加えることを躊躇わない魔族や、アディスのような強者ならまだしも、慎ましやかに隠れていた者達を始末するという決断は下せないのだろう。
もっとも、聖王府から正式な討伐命令が下されたなら、話は変わってくるのだろうが。
「お前達から意見はないか? 参考までに聞かせてくれ」
「ええっ!? ぼ、僕達は……アディス村長の決定に従います!」
「そうですよ。魔族のことなんて何も分かりませんから。特に害がないっていうなら、熊や狼の方が危険なんでしょう?」
「狩人らしい発想だな。それじゃあ……」
アディスが判断を下そうとしたところで、それまで押し黙っていた魔族の姫が、意を決した様子で口を開く。
「私が人質になります。その代わり、この森はこのままにしておいてください」
「姫様っ! ああ……おいたわしや……」
「爺、大丈夫だから。どんな辱めを受けようと、私は……くっ!」
「……おい、ちょっと待て。人聞きの悪い方向で勝手に盛り上がるな。後ろの聖女の視線が痛いだろ」
まさか魔界ではそういうことを……と言いたげな視線を向けられている気がして、アディスは後ろに振り返ることができなかった。
「とりあえず落ち着け。いいから落ち着け。お前達としても、ただ見逃されるよりも担保があった方が安心できるだろう」
只より高いものはないというのは、ある意味で世の中の真理だ。
油断させて罠に嵌める意図があったり、後で高い対価を要求されたりするなど、生き馬の目を抜くような勢力争いの中では珍しくもない。
「だから、この姫様の身柄はリブラ村で預かろう。それなら聖女様もおかしなことをされないと納得できるだろうし、正直なところ……この森の戦力で守るよりも、俺が保護しておいた方が安全だとは思うぞ」
ジャネットからも老樹のトレントからも反論はなかった。
「決まりだな。名前を聞いてもいいかな、森の姫様」
「……プロセルピナです。人質としての扱いを受ける覚悟は、魔界にいた頃から……!」
「だからしないって」
ひとまずこれで、名なしの森の謎は解決に至った。
アディスは先行きに何となく不安を感じつつも、新たな魔族の仲間を得られたことを喜んでおくことにしたのだった。
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