26.現地調査の幕開け
新住民の受け入れ準備は首尾よく完了し、到着予定日までにそれなりの余裕を残すことができた。
騎士ブランドンから届く定期連絡は、住民の移動が計画通りに――遅延も前倒しもなく進んでいることを伝えていて、しばらくの間は準備以外のことに時間を費やすことができそうだ。
そこでアディスは、かねてからジャネットに急かされていたとおり、リブラ村近郊の森の調査に乗り出すことにした。
「移動は任せても大丈夫なんだな?」
「問題ありません。ピンポイントでの転移ではなく、森の近くのどこかという程度の精度で構わないなら、大まかな距離と方位が分かっていれば充分です」
ジャネットはやる気充分といった様子で聖剣を抜き放ち、出発の合図を今か今かと待ち受けている。
村外れにはアディスとジャネットに加え、案内役の若い狩人が二人ほど、猟犬を伴って呼び出されていた。
彼らはあの名もなき森に踏み入れたことがある人物で、不審な物音や人影と出くわした目撃者でもある。
「すまないな、二人共。わざわざこんな調査に駆り出したりして」
「いえっ、僕達にとっても大事な問題ですから! 呪われたりしたんじゃないかって、ずっと気が気じゃなかったんです!」
「それにアディス村長の頼みなら、何だってお聞きしますよ」
不意打ちで村長と呼ばれ、アディスは思わず面食らった顔をした。
正式にそんな肩書を名乗った覚えはなかったが、たしかにそう表現するしかない仕事をしてきていた。
しかし、いざ本当に『アディス村長』と呼ばれてしまうと、まるで自分がすっかり地上に馴染みきってしまったように感じられてしまう。
「よくお似合いの肩書だと思いますよ。ブランドン卿が合流したら、もう村とは呼べない規模になりそうですけど。その場合はアディス町長ですね」
「からかうんじゃない。準備ができたなら出発するぞ」
「ええ、ではさっそく……はあっ!」
ジャネットが聖剣を構え、虚空を斬り裂くように振り抜くと、空間に裂け目が生じて眩い光が溢れ出した。
その天力の輝きに、二人組の狩人が怯んだ様子を見せる。
「こ、これが聖女様の天法……」
「なぁ、俺達なんかが通っていいのか? なんて畏れ多い……」
「そう畏まらないでください。天法は地上の皆様に奉仕するため、天上の神から授かった奇跡なのですから」
ジャネットが聖女然とした微笑みで狩人達に語りかけ、彼らの緊張を解きほぐす。
天力や天法とは無縁な、彼女自身の人となりと立ち振舞いの為せる業だ。
「さすがは聖女様。慣れたものだな」
今度はアディスの方が穏やかな眼差しを向ける番だった。
「からかわないでください。ほら、行きますよ!」
率先して空間の裂け目に踏み込んでいくジャネット。
狩人の二人組と猟犬がそれに続き、最後にアディスも足を踏み入れたところで亀裂が閉じる。
視界を塞ぐ眩しさが薄れると、そこは目的地である名なしの森から少しばかり離れた、無人の平原の只中であった。
「これくらいなら誤差の範疇ですね。後は歩きましょう」
「ああ、そうだな。移動中にもう一度、例の森で何を見たのか教えてくれないか」
名なしの森に向かって移動を開始しながら、二人組の狩人から改めて目撃情報を聞き出すことにする。
彼らは獲物を求めて幾度か名なしの森に踏み入れたことがあり、そのたびに不可解な物音や何かの影を目にしていた。
嘲る笑い声のような音。足音のような音。
木々の間を音もなく駆ける人影。樹木そのものが動いたかのような影。
村人達は自然に生じる雑音や、何かしらの動物を誤認したのだろうと言っていたが、長らく猟師を続けてきた彼らはそう受け止めていなかった。
「あれは絶対におかしいと思っていたんです。アディス村長が確かめてくださると聞いて、本当にホッとしました」
「まだ結果が出ると決まったわけじゃないぞ? さて……」
狩人から証言を聞いている間に、アディス達は名なしの森の前に辿り着いていた。
地上にあるまじき魔力を放つ暗い森。
成果を出せるかどうかは別として、この森に不可解な背景があることは間違いない――アディスはそう考えながら、森の中へと歩みだしたのだった。
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