22.アディスの楽しみ
ペネム大公の軍勢の陣地から、ゴーレムの一群が帰還する。
先頭を行くゴーレムの肩に乗ったアディスが、リブラ村を囲む土壁の前で腕を下げる仕草をすると、それに従って土壁が地面の中へと沈んでいく。
リブラ村は全くの無傷。
建物には倉庫も含めて傷一つなく、住民もただの一人としてかすり傷すら負っていない。
「おおっ、戻られたぞ!」
「本当に誰も死なせることなく……夢でも見ているんじゃないか……」
村の広場で固唾を呑んでいた住人達が、揃って歓喜と驚きに沸き返る。
百人規模の敵部隊を向こうに回して、不可能だと思われた作戦を成功に終わらせて帰還したのだ。
住民達の騒ぎようも当然のものだと言えるだろう。
アディスは駆け寄ってきた住民達を巻き込まないよう、ゴーレムの一群に停止命令を出してから、その肩の上からよく通る声で住民達に指示を出した。
「騒ぐのは後! まずは後始末からだ! それが終わったら思いっきり騒ぐとしようか!」
その後アディスは、作戦に使用したゴーレムの再利用に取り掛かる一方で、村人達には土壁の跡地の処理を命じた。
ゴーレムは廃棄せず建材として再利用。
ブランドン卿の領民達を受け入れるには全く足りないが、今後のために倉庫の数を増やしておくのは必要不可欠だ。
村人達に任せた作業は、土壁を生成した跡地は地面が解されて脆くなっているため、そこを魔法で元通りにするというものだ。
もちろんアディス一人でもできる作業であるが、村人達に経験を積ませるにはいい機会である。
そして全ての後片付けを終えた後の夕食時――リブラ村は集落を上げての大騒ぎとなった。
アディスが村に来て畑を復活させたときの宴会にも匹敵する大騒動。
それぞれの家のテーブルを広場に持ち出して、中央の大きな焚き火を囲んでの大盤振る舞いが始まった。
「ここの方々は、こうやって賑やかな食卓で祝うのがお好きなんですね」
興奮する村人達からようやく解放されたアディスに、聖女ジャネットが静かに話しかける。
その手元の皿には、メインディッシュの牝鹿の丸焼きから切り分けられた肉が、既にちゃっかりと乗せられていた。
「私達がやって来たときが特別なのかと思いましたけど、地元の風習だったりするのでしょうか」
「さぁな。餓死しそうな時期が長すぎたから、御馳走を作れること自体が楽しいのかもしれないぞ。あるいは娯楽がこれくらいしか思いつかないとかな」
「……想像が後ろ向き過ぎますよ」
あまりにも現実味があり過ぎるアディスの想像に、ジャネットは困ったような顔をするしかできなかった。
「それはともかく、今日もお疲れ様でした。魔族でありながら、人間を相手にここまで献身的に力を尽くす動機は存じませんが、ご活躍は率直に称賛します」
「理由なら前にも言っただろ。魔王軍で役立たず扱いされて放逐されたから、こんな風に役立てると証明するのが楽しいんだ。戦乱続きの魔界と比べたら、リブラ村の状況なんてのは穏やかな日常みたいなものだしな」
アディスはこの第二の人生を心から堪能していた。
魔界における戦乱――国家規模の勢力が相争う中での裏方仕事と比べれば、村一つの環境を改善して外敵から守ることなど、気楽でのんびりした日々としか言いようがない。
「俺は自分の能力を活かせる場所でマイペースに暮らしたい。だけど今日みたいに多少の刺激は必要だ。退屈が長く続けば命に関わるからな」
「……あなたは楽しみのために村を育て、村人はあなたを奉ることで庇護下に入る……慈善ではなく、相互に利益を与え合う関係ということですか」
「魔族が理由もなく善人面してくるよりは理解しやすいだろう?」
アディスは少し皮肉っぽく笑い、コップに注がれた飲み物に口をつけた。
「……それにしても、酒を作っていないのは不満点だな。醸造に回す余裕がなかったのは分かるんだが……大麦も育てさせてエールを作らせるか、それとも現金収入を増やして他の街からワインを……」
「まったく……いくら街作りが楽しいとはいえ、少々働きすぎですよ。たまには休息を取りなさい。魔界人も体調を崩すことはあるんでしょう?」
ジャネットにまるで母親か口うるさい姉のようなことを言われてしまい、アディスは苦笑を浮かべながら視線を逸らした。
歴史上、聖女が魔族に向けてきた数々の説教や説法の中でも、今のは群を抜いて俗っぽくて家庭的な内容ではなかっただろうか。






