21.大公国軍の無血敗北
――それから十日と少しが経った頃。
ペネム大公国から予定通りに派遣された軍勢は、領地を出て辺境の地を進み、目的のリブラ村のすぐ近くに陣を張った。
軍勢の内訳は、大公に従う十人程度の騎士と指揮官の貴族、そして彼らが率いる平民の下働きが百人以上。
リブラ村に向けて陣地を出発する直前、指揮官の貴族が恰幅のいい体を揺らして、下品な声で軍勢の面々に呼びかけた。
「今回は楽な仕事だ! 大公に逆らって追放された身でありながら、生意気にも村なんぞ作った連中に、我々の恐ろしさを軽く教えてやればいい!」
指揮官がゲラゲラと哄笑する声に合わせ、騎士達も声を揃えて笑う。
「もしも厄介な奴がいるとしたら、それは聖王国の聖女くらいだ。何の用事があったのかは知らんが、この近くに現れて我々の邪魔をしたそうだからな。しかし聖女といえど、これほどの数を相手に歯向かったりはできまい。もしも歯向かうようなら……」
何を想像したのか、指揮官の貴族がにやけながら馬を歩かせる。
十人程度の騎兵とそれが率いる百人程度の歩兵達は、あっという間に陣地からリブラ村の手前へと辿り着いた。
しかし、リブラ村の姿を目の当たりにした途端、全員が驚きに言葉を失ってしまった。
「な、なんだぁ、これは!」
指揮官の貴族が唾を散らして怒鳴る。
リブラ村は周囲一帯を見上げるほどの土壁に囲まれていた。
「どういうことだ! 昨日の偵察では、こんなものなかったのだろう! まさか適当な報告をしたのか!? 重罪だぞ!」
「ち、違います! 昨日までは確かに……!」
「ならばこれは何だ! 一夜で作り出せる代物ではないぞ!」
偵察を担当した騎士を激しく攻め立て、指揮官の貴族は歯ぎしりをしながら前進の指示を出した。
「どこかに入り口があるはずだ! 探せ! 愚かな難民共に、我々の恐ろしさを教えてやるのだ!」
軍勢が土壁の周囲を探り始めた矢先のことだった。
突然、リブラ村をぐるりと囲む土壁を更に囲むようにして、直径が一回りも大きな二つ目の土壁が、轟音を立てて地面の中から突き出してきた。
「な、なにぃ!?」
二重の土壁が、騎士達と配下をその隙間に閉じ込める。
どちらも出入り口になるような穴はなく、完全に捕らえられたとしか言いようがない状況だ。
「馬鹿な! どうなっている! 早く出口を見つけろ!」
「隊長殿、あ、あれを!」
騎士の一人が指差した先で、新たな異常事態が起きていた。
二重壁の内側の壁をゆっくりと突き破り、岩の巨人――ゴーレムが姿を現したのだ。
しかも出現したのは一体や二体ではない。
五体、六体と次から次に現れて、土壁に空いた穴もあっという間に塞がっていく。
軍勢を率いる騎士達の顔が一斉に絶望の色に染まる。
二つの土壁に挟まれた閉鎖空間で、こんな怪物に暴れまわられてしまったら、間違いなく一人残らず無残な死体に変えられてしまうだろう。
「う、うわああああっ!」
「助け、助けてくれ!」
逃げ惑う人間達にゴーレムの腕が伸びる。
このまま片っ端から握り潰されてしまうのかと思われたが、何故かゴーレムが取った行動は正反対だった。
「ぎゃあああ……あれっ?」
ゴーレムの手に捕まった騎士は、握り潰されることなくそのまま捕らえられ、むしろ丁重に持ち運ばれていた。
庶民からかき集められた歩兵には目もくれず、騎士ばかりを捕まえていくゴーレム達。
やがて指揮官の貴族以下、全ての特権階級出身者が捕獲される。
それが合図だったかのように、外周側の土壁が地面の中に戻っていき、歩兵達が無傷のまま開放された。
「な……なんなのだ、これは……」
指揮官の貴族は、ゴーレムの手に握られたまま、何も指揮を出せずに呆然としている。
「お前が指揮官だな」
「ひっ……!」
指揮官の貴族を捕まえたゴーレムの肩から、フードで顔を隠した男が指揮官に呼びかける。
「ペネム大公に伝えろ。俺達は穏やかに暮らしたいだけだ。お前達が手を出してこない限り、こちらもお前達には手を出さない。だが、またこんな真似をしたら……分かっているな?」
その鋭い視線に射竦められ、指揮官の貴族は青ざめた顔でこくこくと頷いた。
貴族と騎士達を捕まえたまま、ずしんずしんと歩き続けるゴーレムの群れ。
――かくしてペネム大公国の作戦は失敗に終わった。
総勢百人以上の規模を誇った軍勢は、ただの一人の死傷者も出すことなく崩壊し、指揮官達が一人残らずゴーレムに捕まったまま、もと来た道を引き返すことになってしまったのだった。






