20.迎撃作戦の準備
騎士のブランドンがひとまず村を立ち去っていった後、リブラ村は上を下への大騒ぎになっていた。
ペネム大公が軍隊を派遣するという話を聞き、故郷を追われたときの恐怖が蘇ってしまったのだろう。
集会場に押し寄せた住民達が口々に不安の言葉を述べ、逃げた方がいいんじゃないかという発言まで飛び出してくる。
しかし、アディスはここで逃げ出すつもりなど毛頭なかった。
「大丈夫だ、俺が対応する。お前達は下準備を手伝ってくれたらいい」
「おお、アディス様! 何かお考えがあるのですね!」
「考えというか、割と力押しの撃退だな。ブランドンの情報通りの戦力なら俺一人でも撃退できると思うぞ」
住民達の間で歓声が上がる。
アディスは魔王軍においては裏方仕事ばかりを務め、あまり攻撃的な任務には関わってこなかったが、決して戦闘能力がないわけではなかった。
あくまで四天王としては弱い方で、サタナキアが求める水準には到達していなかったというだけで、ただの人間相手に遅れを取るようなことはない。
そしてブランドンの情報を見る限り、聖女ジャネットのような『ただの人間ではない敵』が混ざっている様子はなかった。
気に食わないとはいえ、所詮は辺境の難民。
全戦力を投入するような愚はさすがに犯さなかったようだ。
「さすがはアディス様です! 大公の騎士達を打ち倒す手段があるのですね!」
「ただ……殺さないように片付けたいところだから、普通に戦うよりも念入りな準備が必要だな」
アディスがそんなことを口にすると、住民達だけでなくジャネットも驚いた顔をした。
まさか魔王軍の元四天王の口から、敵の人間を殺さずに片付けたいという発言が飛び出してくるなんて、文字通り夢にも思っていなかったらしい。
アディスは周囲から誤解を受けていることに気が付いて、すぐに訂正を入れた。
「別に、敵であっても命が大事だとか、人道に反するとかいう理由で殺したくないわけじゃないぞ? 下手に殺したら泥沼の戦いになるかもしれないから、そうなるのを回避したいだけだ」
今のところ、大公側の戦う動機は難民に対する威嚇、調子づかせる前に心を折ってしまおうという横槍を入れることである。
しかし、下手に手勢を殺してしまったらどうなるか。
部下を殺されておめおめと撃退されたとなると、大公もさすがに本腰を入れざるを得なくなるだろう。
更に、死んだ騎士や兵士の身内は報復を望むはずだから、上からも下からも『リブラ村討つべし』の気風が高まってしまう恐れがある。
「こちらも本気で戦えるだけの備えができるまでは、相手に本気をださせるような手は打ちたくない。さすがに俺一人で一国を相手取る自信はないからな。だから今回は、可能な限り流血を起こさずに事を収めたいんだ」
「なるほど……しかし、本当に可能なのですか?」
「俺の計画通りに進めばな。そのための下準備に力を貸してもらいたい。構わないか?」
住民達はお互いに顔を見合わせ、そして声を揃えてアディスの提案に返事をした。
「お任せください! 私達にできることなら、何でも仰ってください!」
「ありがとう。さっそくで悪いんだが、この条件に合う土地を探してくれないか。魔法の素材に使いたいんだ」
「そんな、お礼を言うのはこちらです! あなたがいなければ、果たしてどうなっていたことか……!」
やる気に満ちた声を上げる村人達。
逃げ出した方がいいと言っていた者もすっかり考えを変え、アディスから託された役割にこぞって取り掛かろうとしていた。
「さてと……ここからが地属性の腕の見せ所だ。サタナキアからは評価されなかった戦闘の実力、思う存分発揮させてもらうとしようか」






