18.騒乱の気配
「……というわけで、説得は失敗に終わりました。いやぁ、取り付く島もないとはまさにあのことですね」
魔王城に帰還したスプリガンのギーは、一切悪びれる様子もなく、一連の出来事を魔王サタナキアに報告していた。
玉座のサタナキアは頬杖を突いて、苛立ちに顔を歪めている。
もちろん、その怒りは極めて一方的かつ理不尽なものなのだが。
「クソッ! アディスの野郎、何考えてやがる。魔王軍に戻らせてやるって言ってんのによ」
「私のことも、何だか余裕たっぷりに見逃してやる、みたいな感じでしたね」
「前から生意気な奴だと思ってたんだ。そんな強くもねぇくせにあれこれ口出しばかりしやがって……」
本人不在をいいことに、勝手な発言を次から次に重ねるサタナキアとギー。
このまま愚痴ばかりが延々続くかと思われたところで、傍らにいた水の四天王のアックアが口を挟む。
「アディスを連れ戻せなかったとなると、兵器生産や土木作業の迅速な立て直しは困難でしょう? 隣国の攻勢によって、既に三つの防衛拠点が突破されているわけですし」
「……こうなったら、手持ちの最強戦力をぶつけて力任せに撃退するしかねぇな! 反撃準備だ! ホムラとエアリアルも呼び出しとけ!」
あまりにも安直な解決策に舵を切るサタナキア。
もしもこの場にアディスが、あるいは元四天王の誰かがいれば、あるいは真っ当な方向に軌道修正を掛けようとしたのかもしれない。
だが、そんな進言をする意欲のある臣下は、とっくの昔に切り捨てられている。
魔王国が破滅に向かって突き進むことを止められる者など、ここには誰一人として残っていなかったのだった。
◆◆◆
アディスとジャネットの尽力もあって、リブラ村は繁栄の一途を辿っている。
雑な作りだった急ごしらえの家と倉庫は綺麗に整えられ、畑も難民受け入れで増加した人口に合わせて広げられた。
水路もより広くより頑丈になり、増設された井戸からは絶えず新鮮な水が湧き出ている。
もはや、アディスが来た時点でリブラ村が抱えていた問題は、ほとんど全て解決されたと言ってもいいほどだった。
そうなると、これから気にするべきなのは、外からやってくるトラブルの存在である。
「昔から『好事魔多し』と言ってな。物事が好調に進んでいるときほど邪魔が入りやすいものだ」
「好調なときに入る邪魔ほど、印象に残りやすいだけかもしれませんが。どちらにせよ、こんなに平穏だと却って不安になってしまいますね」
その日の仕事を終えたアディスとジャネットは、自宅のリビングでテーブルを囲み、ゆったりと一息ついていた。
最初はろくな家具もなかった住居だが、新規の難民の中にいた家具職人が、集落の統治者に相応しいグレードの家具をということで腕を振るってくれたのである。
おかげでテーブル以外の家具も一通り揃い、百人に届くかどうかの集落の長の家としては、平均以上に豪華な内装の建物となっていた。
「とはいえ、周囲にあるトラブルの火種というと……アレくらいでしょうね」
「ああ、何か起こるとしたらアレだろうな」
アディスとジャネットは言葉を濁して遠回しに肯きあっている。
具体的な名前を出してしまうと、噂をすれば何とやらということで、縁起が悪いかもしれない――そう思っての言い回しだったが、残念ながら効果はなかった。
「た、大変です! アディス様! 聖女様!」
大慌てで館に駆けつけてきた村人が、大声でその『アレ』からの干渉の発声を報告する。
「ペネム大公国の騎士が村に来て、何か大事な話があると言っています! 用件は村の代表者に直接話すと……早く来てください!」
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