16.聖女ジャネットの疑問
――リベラ村の環境を整え、住民達に簡単な魔法の基礎を教え、忙しくも充実した時間を送るアディス。
今日も一日の仕事を片付けて、心地よい充足感を覚えながら、手製の自宅の粗末な寝床で横になる。
(そろそろ寝具も新しくした方がいいな。さすがに藁を詰めただけのベッドじゃ味気ない)
寝具を始めとする家具の改善を計画しながら、そのまま目を閉じようかと思った矢先、まだ扉もつけていない出入り口の方からジャネットの声がした。
「すみません。幾つかお尋ねことがありまして」
「何だ?」
声のした方に目をやっても、ジャネットの姿は見えない。
出入り口の横の壁にでも寄りかかって話しかけているのだろう。
「まず、魔族と人間の契約なのですが……いわゆる魔法使いは魔族と契約して、魔法を身につけていたのですよね。集落の方々は、あなたと契約を交わしたということになるのでしょうか」
「いいや、契約はしていないぞ。そういうやり口が主流だったというだけで、契約を結ばなきゃ教えられないわけじゃないからな」
要するに、魔法を教える報酬の相場が『主従契約の締結』であり、アディスはそれだけの価値がある商品を無料で提供した、という構図である。
アディスとリベラ村の住人達の関係は、人間の統治者と被統治者の関係と何も変わらない。
「そもそも、魔法的な強制力のある契約は、きっちり同意を示して契約しないと効果を発揮しないんだ。そんなことはしてなかっただろ?」
「ええ……少し安心しました」
ジャネットが軽く胸を撫で下ろす気配がする。
「ですが、もう一つの疑問が余計に深まってしまいました。もう少しお時間を頂いても?」
「せっかくだから、気になることは何でも聞いておけよ。答えられることなら答えるから」
「ありがとうございます。これはあくまで主観的な評価なのですけど……あなたはとても優秀な方のように感じます。なのにどうして、四天王という重役を下ろされてしまったのでしょうか」
アディスは寝台から身を起こし、短く息を吐いた。
「前にも説明しなかったか?」
「していただきました。ですが納得できません。あれほど多彩な力を持つ人材を不要と断ずるなど……まだ何か隠している理由があるか、魔王とやらがよほど無能かのどちらかでしょう」
「……強いて言うなら後者だな。とはいえ、俺達四天王にも反省すべき点はあるんだが」
ジャネットが指摘した通り、客観的に評価するのであれば、アディスの能力は戦略的にかなり強力である。
そんな人材を意味なく切り捨てるとは考えにくく、実は能力面以外での問題があったのではないか――そう疑われるのも当然だ。
「前魔王は賢明な方で、後継者争いが起こらないよう、早い段階から長男を……現魔王の兄を後継者として指名していたんだ。ところが……詳しい経緯は長くなるから割愛させてもらうけど……」
アディスは憂鬱そうに角の付け根を掻きながら、ルシフェリア魔王国を襲った最大の不幸を口にした。
「……運悪く、前魔王と後継者の長男が、ほぼ同時期に命を落としてしまったんだ」
「何と……想像するだけで頭が痛くなりそうな事態ですね」
「だろう? 四天王を含む魔王国幹部はとにかく混乱の収拾に奔走し、次男をひとまずの君主として王位に据えて、魔王崩御の隙を突こうとする他勢力を死ぬ気で退けた。ところが……」
「その間に、お飾りのはずだった新魔王が影響力を高めていた……ということですか。魔界の政争も人間界と大差ないんですね」
もちろんこれは、現魔王サタナキアだけの手腕ではない。
彼に取り入って甘い汁を啜っている連中が、思い通りに動いてくれる奴に権力を与えようと、裏で手を組んで暗躍した成果でもある。
「四天王も脇が甘かった。そこは確かに反省点だ。けれどさすがに、もう愛想が――」
そのとき、遠方で膨大な魔力が噴出する気配がした。
即座に寝台から飛び降り、部屋から駆け出すアディス。
ジャネットも何があったのか察したようで、寝間着姿のまま表情を張り詰めている。
「感じたか?」
「ええ……転移魔法の気配ですね。魔界から何者かが現れようとしています」
読んでいただきありがとうございます。
少しでも『面白かった』『続きが気になる』と思われましたら、
ブックマークや広告下の【☆☆☆☆☆】の☆を★にして応援頂けると今後の励みになります。






