15.魔法の基礎訓練
それから数日後、収穫した作物の加工も一段落し、新しくやってきた難民の体調も整った頃。
アディスはジャネットに告げた通り、住民達に簡単な魔法を教える講習会を開催した。
第一回ということで、まずは希望者だけを募って小規模にするつもりだったのだが、蓋を開けてみれば大盛況。
時間の都合がついた住民が軒並み集まって、会場を屋内から屋外の広場に変えなければならないほどであった。
「さて……事前に調べてみたところ、人間界の一般人が持っている魔法についての知識は、魔力を使って不思議な現象を起こす能力という程度みたいだな」
広場に集めた住民達を前に、アディスは久し振りの魔法の講義に取り掛かった。
後ろではジャネットが待機していて、講義内容を監視するという名目で耳を傾けている。
「大雑把な認識はそれくらいで構わない。魔族には本能や生まれつきの能力で魔法を使える奴もいるが、基本は『魔力の流れを制御して様々な現象を引き起こす技術』だ」
魔力は大地を流れるエネルギー。
これを体内に取り込んで、火を吐いたり空を飛んだりするように、身体機能の一環として魔法を使う者もいる。
また、それとは別の様々な手段で魔力を操り、魔法を発動させる者もいる。
やり方には多彩な手段や流派が存在するけれど、魔力の流れを適切にコントロールするという基本的なところは変わらない。
「あの……アディス様。私達のような者でも、本当に魔法を使えるようになるのですか?」
「もちろん。そうじゃなかったら教えようとは思わないし、そもそも過去に存在した地上の魔法使いは、魔族と契約を結んで魔法を教わった連中なんだからな」
アディスは片手を肩の高さまで上げ、地表の砂を魔力で巻き上げて、薄い円盤状になるように空中で回転させてみせた。
「俺は頭に思い浮かべただけである程度の制御ができる。だけどいきなりそのレベルに挑戦するのは魔族でも無理だ。まずは物理的な補助を使うところからだな」
例えば、発声や身振り手振り、道具や図形を使った儀式など。
これらを組み合わせて魔力の流れに干渉すれば、初心者でも魔法を発動させやすくなる。
当然、最初は単純で初歩的なものしか使えないだろうが、それでも集落の生活を楽にするには充分だろう。
「まずは基礎の基礎から。表層の土を操って、畑を耕せるようにすることを最初の目標にしよう」
◆◆◆
それからアディスは基礎的な魔法図形の書き方を教え、広場の地面を使った練習をさせてみることにした。
丸太の長椅子に座ったまま練習風景を観察し、間違いを見かけたら指摘をして、質問があれば答えを返す。
教えているのが元四天王の魔族で、内容が魔法の訓練でなければ、辺境の人々に勉学を教える賢者のような光景だ。
「……それにしても、意外ですね。よく似合っていますよ。魔王の四天王よりも教師や家庭教師の方が天職だったのでは?」
ジャネットは講義の進行具合などではなく、アディスの講義の手腕に注意を寄せていた。
「先代魔王に見いだされるまでは、魔界で特権階級相手の家庭教師なんぞやっていたからな。昔取った杵柄という奴だ」
「なるほど。人に……いえ、魔族に歴史ありですね」
「それ、言い直す必要あったか? 魔族は魔族でも人間型の魔界人だから、人扱いでも間違いじゃないと思うんだが」
「ところで話は変わるのですけど」
アディスが寄せた軽い苦情を聞き流し、ジャネットは集落の広場をぐるりと見渡した。
「皆さんが精力的に練習し続けているせいで、広場どころか集落の隅々まで耕されつつあるのですが……これ、どうするんです? 無駄にふわふわになった地面、ちゃんと直ります?」
「……後で俺が直しておくよ。さすがにこのままはマズいだろ」
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