14.魔法使いの過去現在
その日、アディスは日が暮れる前に、当面の問題の解決に乗り出すことにした。
新たに避難してきた難民が集落に加わったことで、これまでに使っていた住居では数が足りなくなってしまった。
普通なら適当な布を使ってテントをこしらえるか、無理にでも家に詰め込んで雑魚寝をするしかないところだが、幸いにもここにはアディスがいる。
適当な場所の岩で作ったゴーレムを集落まで歩かせ、そこで形を組み替えて住居の原型を作っていく――自分達の住居を仕上げたときと同じ要領だ。
今後も同じようなことがあるかもしれないので、家の数は今の人口よりも少々多めに。
やがて必要な数は揃ったので、アディスは扉や窓枠などの細部は村人達に任せ、広場の長椅子に腰掛けて休憩を取ることにした。
「本当にありがとうございます。こんなにも力を尽くしてくださっていたとは、夢にも思っておりませんでした」
そこにやってきたのは、新たに加わった住民の中で最も年長の男だった。
「あなた様が魔族であると分かったときには、失礼ながら恐怖を覚えてしまいました。どうかお許しください」
「いやいや、魔族だぞ? 怖がる方が普通だろう。それか、あの聖女みたいに討伐対象みたいな目で見るかだな」
魔族と人間の関係は決して穏やかなものではない。
アディスが百年前に地上を訪れた理由も、魔界の他勢力が地上に侵略を仕掛けていたことが原因だったのだから。
「むしろ、いくら役に立つ魔法が使えるからって、魔族にこの集落……あー、何ていう名前だったか」
「リベラ村ですよ。大公国からの追放を『束縛からの解放』と前向きに捉えた命名ですね」
「ああ、そうだった……って、聖女じゃないか。どこに行ってたんだ?」
集落の名前を答えたのは聖女ジャネットだった。
ジャネットが近付いてくるのと入れ替わるようにして、先程まで会話を交わしていた男が、しきりに恐縮しながら立ち去っていく。
この集落と難民達の恩人であり、事実上の統治者である二人に遠慮をしているようであった。
「新しい家を祝福するように頼まれまして。魔族が魔法で作った家を、聖女が天法で祝福するだなんて、奇妙にも程がありますけどね」
「それを言うなら、いくら便利な魔法が使えるからって、集落の統率を魔族に任せる時点で奇妙だろ。そもそも、人間界だと魔法は禁忌だった記憶があるんだけどな」
「いいえ、それは古い認識ですよ」
ジャネットは丸太を加工した長椅子の表面を手で軽く払い、アディスの横から一人分の隙間を置いて腰を下ろした。
「昔は魔法そのものが邪悪な魔族の力と認定され、魔法使い狩りという残虐な行いもされてきました。しかし、今の聖王様の下で改革が進み、扱いも変わってきているんです」
「例の聖王ね。改革の動機は、俺の隠居生活を黙認するって言い出したのと同じかな」
聖女ジャネット曰く――具体的な扱いは国によって異なるが、少なくともアルマロス聖王国やペネム大公国の場合、魔法を習得しているだけで罪に問われることはない。
ただし完全に自由というわけではなく、国内で魔法を使用したり、あるいは魔法を教えたりすることには、それなりに厳しい規制が設けられている。
もちろん魔法や魔法使いを嫌悪している者も少なくないが、こればかりは個人の感情の問題なので、法律ではどうしようもない――とのことだった。
「ですから、集落の方々も『合法的に魔法を使う分には問題ない』と考えておられるのでしょう。ましてや、そのお陰で命を救われるとなれば……」
「裏を返すと、ここら一帯はどこの国の領地でもないから、魔法を使うのも魔法を教えるのも何ら問題はないと」
「ええ、そうなりますね。脱法かもしれませんが、違法ではありません」
アディスは「なるほど」と肯き、横からジャネットの顔を覗き込んだ。
「実は集落の連中に魔法を教えようと思っていたんだ。人口が増えて畑も広げないといけないから、農作業とかに使える基礎的な奴をな」
「ふむふむ、魔法を教え……って、えええっ!?」
「人間界で許されない行為なら諦めたが、合法なら悩む必要はなかったな」
予想外の発言にぽかんとするジャネットを尻目に、アディスは何かを懐かしむかのように視線を地面に落とした。
「魔界でも、部下達に地属性の基本的な魔法を教えて、細々とした仕事をやらせていたものだ。俺一人だと手が回らないことも多いからな。連中は今頃どうしてるんだか……」
「ま、魔法を教える……聖女としてこれは……いやでも不法行為ではないですし……あわわわわ……」
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