13.魔王国崩壊の予兆
――その頃、アディスが去って一週間ほど経った魔王国では、早くも彼を失った弊害が表れていた。
「くそっ、どうなってんだ! 要塞はまだ完成しねぇのか!」
他勢力との衝突を間近に控えた前線で、視察に訪れていた魔王サタナキアが、現場を指揮する下級魔族を怒鳴りつける。
攻勢準備を進める敵軍を迎え撃つために、かねてより国境付近に要塞を建築していたのだが、アディスを追放したことでその進捗に急ブレーキが掛かっているのだ。
「さっさと設計図通りに作れと言ってんだ! それくらい簡単だろ! こんな単純な仕事すらできねぇっていうなら、こっちにも考えがあるぞ!」
現場指揮を押し付けられた下級魔族の男は、何度も頭を下げて謝り続けるばかり。
サタナキアの方もただ怒鳴るだけで、状況を好転させるような指示は何もできていない。
かつては両者の間にアディスが存在し、常に両者の仲立ちをしていたのだが、今はもうそのクッションは存在しない。
上からの要求を噛み砕いて下に伝えることも、下からの意見を汲み上げて上に伝えることも、全く成されていないのだ。
アディスの不在で生じた綻びは、もちろん人間関係だけではない。
ゴブリン型の奉仕種族が、中途半端なところで建設が止まった城壁の陰に集まって、きついゴブリン訛りの魔界共通語でこぼし合う仕事の愚痴――その内容は、この現場の破綻を如実に物語っていた。
「おいおい、さっき届いた作業用ゴーレム、ちょっと動かしただけでイカれちまったぞ。急に質が落ちたんじゃねぇか?」
「そりゃお前、アディス様がクビになったからだろ。大事な現場に送るゴーレムは、あの方が直々に品質チェックしてたんだからさ」
「後釜の四天王が決まったらちょっとはマシに……ならねぇよなぁ」
「魔王様好みの人選じゃ、戦闘用ばかり気合い入れて作らせて、作業用は余り物のポンコツばっかり送ってきそうだな。今から憂鬱だぜ……」
そこに土まみれのゴブリンがフラフラとやってきて、疲れ果てた様子でどっかりと腰を下ろす。
「ぐあぁ、やっと堀が半分掘れた……ぜってぇ間に合わねぇ……アディス様がいたら一瞬なのによぉ……」
「おいおい、手作業で掘ってんのか? 魔法でドカンと掘るんじゃなかったのかよ」
「土魔法が使える連中なんて、もう半分も残っちゃいねぇよ……アディス様が辞めさせられたっていうんで、大慌てで他の国に逃げちまったんだ」
「あー……四天王ですらあの扱いなんだし、ド派手な戦闘魔法じゃねぇと食っていけなくなるよな……」
魔界最高峰の地属性使いが追放されたことにより、裏方仕事の作業効率は大幅に低下した。
更に、アディスですら冷遇されるのを目の当たりにしたことで、彼より数段劣る普通の使い手達も、こぞって雇い主を変えてしまったのだ。
四天王のアディスが『地味な裏方仕事しかできないから』という理由で罷免されてしまうなら、アディスに及ばない同属性の使い手達の待遇は、それ以上に悪化するに違いなかったのである。
奉仕種族達が憂鬱に打ちひしがれていると、そこに追加の悪い知らせが飛び込んできた。
「大変だ! 道中の橋が落ちちまった! 補充のゴーレムも全部まとめて谷底だ!」
「マジかよ! 橋作った奴、魔王様にぶち殺されちまうぞ!」
「……って、おい! アレみろよ……もう逃げてやがる」
ゴブリンの一人が指差した先には、アディスに代わって橋の建設を押し付けられていた魔法使いの魔界人が、着の身着のままで敵軍がいる方に全力疾走している姿があった。
間違いなくこの場で処刑されてしまうと判断し、一か八かで敵軍に身を寄せようとしているのだろう。
「どうする? 報告するか?」
「見なかったことにしとこうぜ。八つ当たりされそうだし」
「この国、もう駄目じゃねぇかな……」
――後日、サタナキア魔王国の前線に忍び込んでいた敵国の偵察兵は、このような報告を本体に送り届けた。
四天王アディスの不在によって、魔王国の軍事力と経済力を支える土台は崩壊寸前である。
要塞建築は著しく停滞し、工作兵の士気はどん底に落ち、魔王と現場の意思疎通も壊滅的。
今こそ総攻撃の機会であると進言する――
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