12.想定外の人口増
「四天王アディス! 大変です、集落に厄介事が近付いています!」
「分かってる。地面を伝わる音は普通の音より早いからな」
アディスはジャネットが報告に駆けつける前に、川辺の木の上から音の発生源を視界に収めていた。
あちらこちらが破損した状態で走る馬車を、全部で三騎程度の騎兵の一団が、武器を振るって執拗に追い立てている。
「まるでなぶり殺しだな。馬を狙えば一撃で止められるだろうに、わざと甚振っているらしい」
「酷い……あんな真似、絶対に見過ごせません!」
「聖女サマならそうなるか。まぁ俺としても、襲われた理由くらいは知りたいところだ」
アディスが枝の上から軽く指を鳴らすと、馬車の進路上の川底がせり上がって、即席の橋に形を変えた。
「橋を渡るタイミングで騎兵だけ川に落としてやる。死にはしないだろうから、後はお前が聖女の肩書なり何なりで追い払ってくれ」
「私が、ですか?」
「下手に魔族が姿を見せたりしたら、余計に面倒なことになるかもしれないからな」
「……分かりました。お任せください」
川に向かって逃走を続けていた馬車は、それが魔法で作られたものだとは知る由もなく、即席の橋を渡っていく。
もちろん騎兵達も後を追うが、アディスはタイミングを見計らって橋の一部を崩し、騎兵だけを器用に落水させてしまった。
対岸まで渡りきった馬車が戸惑うように停止する。
ジャネットはすかさず橋に駆け寄って、ずぶ濡れになった騎兵達に一喝した。
「そこの者達! 無抵抗の馬車を襲うとは何事ですか!」
「だ……誰だお前は!」
「我が名はジャネット! アルマロス聖王国の第一位階聖女! 理由は存じませんが、このような暴虐を見過ごすわけにはまいりません!」
「ア、アルマロスの……! くそっ……!」
ジャネットの名乗りを聞いた途端、騎兵達は露骨に動揺し始めた。
そして素性を名乗ることすらせずに、同じくずぶ濡れの馬に飛び乗って、川の対岸へと逃げ去ってしまった。
「逃げられたな」
「いえ、これで十分です。それより、見事なお手前でした」
アディスが木の上から飛び降りたところで、ジャネットも即席の橋から引き返して合流する。
「彼らはペネム大公国の紋章を身に着けていました。あの馬車はきっと追放された難民を乗せたものです。大方、戦の訓練とでも称して、手頃な難民を襲っていたのでしょう」
「度し難い。そんな連中が近くにいるなら、集落の防衛の強化も考えないといけないな」
「城壁でも造りますか? ……あなたなら一瞬で生やせそうですね、こう、地面からにょきっと」
手先だけのジェスチャーで、地面から生えてくる城壁を表現するジャネット。
そんなことをしているうちに、馬車の手綱を握っていた男が降りてきて、アディスとジャネットに何度も深々と頭を下げてきた。
「ありがとうございます! 何とお礼を言ったらいいか! アルマロスの聖女様と、こちらの方は……ひっ!?」
「ご安心を。彼は魔族ではありますが、あなた方に味方しています」
「せ、聖女様がそう仰るなら……」
「とりあえず事情を教えて下さい。おおよそ察しはつきますが」
男が語った事の経緯は、ジャネットの想像通りの内容であった。
彼らもペネム大公国から追放された難民で、先に追放されていた面々と合流しようとしていたのだが、途中で大公国の騎兵に襲われてしまったのだという。
ひとまず彼らを集落に招き、先に暮らしていた難民達からも事情を説明してもらったところ、追加の難民達からの態度も一変。
聖女が監視していた謎の魔族から、仲間達の命の恩人へと一気に眼差しが変わり、先程の態度に対する詫びと熱烈な感謝の言葉とを並べ立てる。
アディスはそれを受けて、少しだけ嬉しそうに口の端を緩めたが、すぐに思考を今後の作業内容に切り替えた。
馬車には数家族分の難民が無理やり詰め込まれていて、よくあの大きさに収まっていたものだと逆に感心するほどだった。
これで、もともと百人に満たなかった集落の人口は一気に数割増し。
住居の不足がいよいよ問題になる気配が漂っていた。
「さて……参ったな、人口が一気に増えてしまったぞ。食料の方はまだいいとして、家の建て増しが大急ぎで必要だな……」
次回は一度、魔界の方に視点を移したいと思います。






