11.聖女の沐浴
――それからアディスとジャネットは、集落の周囲をぐるりと巡って、魔力制御用の楔を順番に打ち込んで回った。
あまりの音の大きさに住民達も様子を見に来たが、作業の目的を説明すると大いに喜び、口を揃えて二人に感謝の言葉を向けた。
散々悩まされた不作だけでなく、重度ではなかったとはいえ原因不明の体調不良まで改善するというのだ。
彼らにとってはこれ以上ない吉報であったに違いない。
「これで四本目。そろそろ一息入れようか」
「ええ……私は川で沐浴を……って、それでは監視が!」
「真面目すぎるのも大概にしておけよ。今回は俺も川辺で休むから、さっさと体を洗ってこい」
ジャネットの仕事熱心さに呆れながら、アディスは集落の最寄りの川へ場所を移すことにしたのだった。
◆◆◆
集落の農業用水の供給源にもなっている川で、他に人が住んでいない辺境だからか、自然のままの清流の姿を保っている。
アディスが上流側の岩場で休息を取っている間に、ジャネットはそこから少し下流に移動した先で汚れを落とすことにした。
そこはちょうど小規模な林のような木立になっており、周囲からの視線を気にすることなく身を清めることができる。
「ふぅ、酷い目に遭いました。まさかあそこまで規格外だったとは……」
ジャネットは湿った土埃で汚れた装束を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になって、冷たい清流に身を沈めた。
腰程度の深さがある川の中央でしゃがみ、頭の先まで川の流れに浸してから勢いよく立ち上がって水飛沫を巻き上げる。
プラチナブロンド――銀色とはまた違う薄い金色の頭髪は、普通の髪よりも土汚れがよく目立つ。
それはジャネット本人もよく理解していたので、裸体のまま入念に髪を洗い流していた。
「……それにしても、あの魔族……真剣に難民の方々を救おうとしている……そう考えていいのでしょうか」
体を隅々まで清め終えた辺りで、ジャネットは昨日から抱いていた疑問をぽつりと口にした。
昨日から今日にかけてのアディスの行動は、紛れもなく難民達を救うことに直結している。
魔界での政争に敗れたから人間界で穏やかに隠棲したいという――ジャネットはアディスの事情説明をこう解釈している――彼の主張は、他意など一切ない本音だったのかもしれない。
だからといって『なんだいい人じゃないか!』と素朴に考えてはいけないのが、聖女という立場の難しさであった。
こうして監視に留めているのは、あくまで聖王の判断があってこそ。
本来なら、わざわざ親切に事情を聞いたりせず、発見した直後に素早く聖剣の錆にしているところである。
「……ですが、何故なのでしょう。彼は信じてもいい……そんな気がしてしまいます」
ジャネットは胸部の膨らみの上から心臓に手を当てた。
心の中の自問自答ではなく、あえて声に出しているのは、自分の思考を客観的に再確認したいという思いの表れだ。
「ただ一緒に行動をしているだけで、不思議と安心してしまう。聖女らしく取り繕うのを忘れそうになってしまう。これは一体……いえ! いけません! しっかりしないと!」
冷たい清流を両手いっぱいにすくい上げ、勢いよく顔に叩きつけてから、ぶんぶんと首を横に振る。
討伐すべきと思って駆けつけてみたら、存外に無害な相手だったので、判断が普段より甘くなってしまっているのだ。
ジャネットはそう自分に言い聞かせながら、土に汚れた服を引っ掴んで清流に浸し、浄化の天法も合わせて真っ白に清めていった。
「よしっ、これで綺麗になりました。後は乾かすだけですが……これも天法の応用で何とかなるでしょうか」
ジャネットが服の乾燥方法を思案していると、川の対岸の更に向こうから奇妙な騒音が聞こえてきた。
馬の蹄と馬車の車輪が地面を蹴る音。
重みのある金属がぶつかり合う音。
微かだが、罵声や悲鳴も混ざっているようにも聞こえる。
それに気付いたジャネットの反応はとにかく早かった。
冷たく濡れたままの装束を躊躇うことなく身に纏い、川辺に置いていた聖剣を拾い上げて、額に張り付く前髪をかきあげながら走り出す。
「四天王アディス! 大変です、集落に厄介事が近付いています!」
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