10.元四天王の土地改良
「土地全体の改良? どういうことですか、他の国家に影響を与えるようなことなら……」
噴き出した井戸水を頭から浴びてしまったジャネットは、ずぶ濡れの服の裾を絞りながら、集落の外へ向かおうとするアディスの後を追った。
アディスの方は器用に水を避けていたので全く濡れておらず、ジャネットはその点についても不服そうな顔をしている。
口には出していないが、あんなことになるなら先に言ってほしかった、と思っているのが丸分かりの表情だ。
「そんなに大袈裟な話じゃないさ。畑の不作と住民の些細な体調不良……両方に共通する原因を根から断つだけだ」
「ですから! その『根から断つ手段』とやらがですね!」
「心配するな。実行に移す前にちゃんと説明してやる。監視役から不興を買って得することは何もないからな」
アディスが向かった先は、集落と畑から南東へしばらく歩いた地点。
特に目立つものが何もない空き地だった。
「結論から言えば、作物と人間の不調の原因は、この土地の魔力だ。ここは人間界の平均よりも魔力が濃いらしい。鹿の干し肉も、地上の割には魔力の風味が強かった」
「なっ! 魔力は人体に有害なのですか!? そのようなことは聖王府で学びませんでしたよ! あと魔力の風味って何です!?」
「塩だって食い過ぎれば体を壊すだろう。どんなものも度が過ぎれば有害だ。まぁ、今回はそこまで重大な話じゃないがな」
「魔力の風味って……いえ、そこはどうでもいいですね、今は……」
アディスの落ち着いた口振りに、ジャネットは興奮しかけた気持ちを静められ、大人しく話の続きに耳を傾けた。
「水が合わないから腹を下す。土が合わないから作物が育たない。地上の国でもよくあることだろう? 今回はその理由が魔力の濃度だった。それだけのことだ」
「つまり……元からこの土地にある動植物は、体が慣れているから何ともない。けれど、他所から逃げてきた難民や、彼らが持ち込んだ作物は、環境に慣れていないから具合が悪くなってしまう……ということですか」
ジャネットの解答を受け、満足げに頷くアディス。
前方に突き出した一対の角を無視すれば、まるで令嬢に勉強を教える家庭教師にも見えてきそうな様子である。
「普通なら慣れるのを待つしかないんだろうが、そこは俺がいる。大地の魔力の流れに干渉する楔を四隅に打ち込んで、その内側を連中好みの魔力濃度に整えてやるんだ」
「……説明を聞く限り、特に問題はなさそうに思えますね」
ジャネットは少し考え込む仕草をしてから、アディスの土地改良案に同意を示した。
「分かりました、実行に移してください。もちろん、作業工程もしっかり監視させていただきますが」
「仰せのままに」
アディスは冗談めかしてそう言うと、片腕を高く上げた。
すると周囲一帯の地表から、大量の土や砂、石や岩がふわりと浮かび上がる。
それらはひとりでに空中の一点に集まり、凝縮と変形を繰り返して、丸太のように大きな楔を形成していった。
「あ、あの。少々大きすぎるのでは?」
「広範囲に影響を与えるんだから、楔も相応に大きくなるさ。家一軒なら親指大で充分なんだがな。そらっ、落とすぞ」
アディスがパチンと指を鳴らす。
巨大な楔はそれを合図に、まるで巨人が弓矢を撃ち込んだかの如く、猛烈な速度で地面に突き刺さった。
爆発じみた暴風。巻き上がる粉塵。
しかしアディスが軽く手を動かすだけで、砂埃の全てが吹き飛んで消え失せた。
「まず一つ目。こいつを集落の周囲四隅に埋めれば完成だ。次は南西の方に……って。お前、前からそんなに茶色かったか?」
「ふ……ふふ……どこかの誰かさんのお陰で、すっかり土色に染め上げられましたね……」
口の端を引きつらせて笑みらしきモノを作るジャネット。
ずぶ濡れでろくに乾いていない状態で、大量の粉塵を全身に浴びてしまったら、せっかくのプラチナブロンドの髪も聖女の白装束も台無しである。
「あー、すまん。とりあえず、川で汚れを落としてくるか?」
「いえ! こうなったからには、沐浴は後回しです! 全部片付けてからにします!」
ジャネットは肩を怒らせながら、大股かつ早足で次の埋設ポイントへと向かっていく。
その姿は服と髪を汚されて怒る年頃の娘そのものだ。
アディスは『二本目からは最初に粉塵避けを使っておこう』と今更ながらに反省しながら、歩幅の大きな歩みでジャネットに追いついていったのだった。
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