ピエロとの邂逅
良く解らないが、どうやら俺は元居た場所から移動したらしい。
自称転移神?の言葉も正直右から左だった。
普通なら驚いたりあたふたしたり、あるいはいわゆるライトノベル好きだったら興奮したり喜んだりする所なのかもしれない。
しかし、この時の俺は彼女に…間接的にとは言えフラレたショックで他の事象など些末な事に思えていた。
全身に力が入らない。
悲しい…悲しいのか?
それすらもう良く解らない。
とにかく布団があったら今すぐにでも潜り込んでそのまま一生穴蔵生活を送りたい。
そんな気分だ。
きっと「絶望」ってのは今のこの感覚の事を言うのだろう。
俺は膝を抱え込み、見覚えのない薄暗い大理石の部屋の片隅に体育座りして息を殺した。
「はぁ〜。いっそ消えて無くなりたい。」
「何を言っているんでヤンスか?転移して早々鬱陶しいヤツでヤンスね?」
鬱屈とした俺の感情を煽るかの様に、そいつは甲高い声で俺に話しかけてきた。
「暗いっ!めちゃくちゃ暗いでヤンスよ今鹿風谷!」
薄暗闇の中から姿を現したソイツは、左右2つの玉が付いた帽子にダボダボの丸みの有る服、先のトンガッた服にヘンテコな仮面を付け、ダイエットバランスボールサイズの球体に乗っかって居た。
「何だ?…ピエロ…か?」
思わず一瞬絶望感を忘れて視線を送る。
ピエロ姿のソイツはコロコロと器用にボールの上を歩き俺の目の前で停止した。
「せっかく転移神から特別な力を授かって特別な存在になれたんでやんすから、もっとニカニカ笑ってなくちゃ損でやんすよ?今鹿風谷!」
「馴れ馴れしいヤツだな。てか何で俺の名前を知っている?ピエロ野郎!」
「ピエロ野郎って…酷い言われようでヤンスね。」
いやどこからどう観てもピエロだろ?
「まあまず質問に答えましょうかね。「何で名前を知っているか?」でしたっけ?それは…」
勿体つける様にニヤニヤニマニマしているピエロ野郎の態度に、俺のイライラは最高潮に達した。
「うりゃあ!」
「ギャアアア!」
俺はピエロ野郎の足の下のボールを思い切り蹴飛ばした。
ズテェーン!!
ピエロ野郎は見事に空中で一回転して頭から地面に落下した。
「ゲフゥ…。」
ふう。
絶望感はまだ全然消えないけれど、少しだけイライラは収まった。
「さて…帰るか。」
俺がスタスタ歩き出すとその時
「イヤっ!ちょっと待つでヤンス!なに人を蹴っ飛ばして一回転させておいて普通に帰ろうとしてるんでヤンスか!!」
「お?無事か?なんだ残念。」
「ちょっと!?残念ってなんでヤンス!?」
「でめまあ少しスカッとしたわ、サンキューね」
「…人としてだいぶ終わってるヤツでヤンスね…」
終わってる…か。
まああながち間違っていない。
「今までの今鹿風谷とは大違いでヤンス。もとは同じ個体のくせに…何で召喚される時期によってこうも人格が違うんでヤンスがねぇ?」
「ん?…今まで?俺はこんなところに来たことないぞ?」
「だーかーらー、それをさっき説明しようとしたんでヤンスよ?いいっすか?この世界の英雄召喚術で召喚出来るのはアンタ、、、つまり今鹿風谷だけなんす。」
は???
意味がわからん。
「正確には向こうの世界で生きているアンタ、今鹿風谷の意識をコピーして切り取ってこちらの世界、エスブリッジに召喚してるんでヤンス。」
「…ん?…いやちょっと待て!それだと俺は…」
「そうっす、アンタは今鹿風谷で有って今鹿風谷じゃ無い。いわばコピー品って事っすね。」
うずらぼやけた頭の中のモヤが薄れて行く。
自暴自棄になり絶望していた俺も、これには流石に寒気を覚えた。
なんて残酷な事をするんだろうか。
俺がコピー品、だとしたら元の世界に戻ってもそこには本物の俺が既に存在している事になる。
つまり俺にはもう居場所がないのだ。
あの子に振られた俺も、その後どうなるかわからないが、どうにかなった後の俺も…俺じゃないのだ。
フラレた時とはまた別の言い知れない恐怖と孤独感が俺を襲った。
「絶望したっすか?寂しいっすか?…でも安心していいでヤンスよ!」
ピエロ野郎がニヤニヤしながら…まあ実際は仮面で顔は見えないからあくまでもイメージだが…ニヤニヤしながら近づいてきた。
「うりゃあ!」
「うぎゃああっ!!」
ズデデーンッ!!
「ムギューッ。」
思わずピエロの玉を再び蹴り飛ばす俺。
またしても一回転して頭から落下するピエロ。
「あ…悪い。つい反射的に。」
「痛いっ!マジで痛い!!なんなんすかアンタ!話が先に進まないじゃないですかあっ!!」
スゲ〜ぷりぷりしてる。
ざまあ。
「と、とにかく!安心していーっすよ!ちゃーんとアンタの居場所はアンタを召喚した方が作ってくれるでヤンスから。」
「俺を召喚したヤツ??誰だそいつは??」
こんな不条理な目に合わされて今更信用できるかそんなヤツ。
居場所をくれるだぁ?ふざけんな!会った瞬間ぶっ飛ばしてやる!
俺はその時そう思っていたのだ。
…俺を召喚したそいつの名前を聞くまでは…。