強制転移
一度幕を閉じた物語ですが、もう少しだけ書き足せる事があるかもしれないと思い筆を取りました。いや筆では無いですが。少しずつ進んでいければと思います。
世の中には必ず自分そっくりな人間が3人は居る、、、とか・・・
自分と瓜二つの存在、ドッペルゲンガーに出会うと必ずどちらかが死ぬ、、、とか・・・
昔から都市伝説めいたその手の話は後を耐えないが、この日の俺にとってはそんな事どうでも良かった。
そんなことは本当に些細な事なのだ。
そう、最愛の人物とのコミュニケーションに比べれば自分のそっくりさんが居るとか居ないとか本当にどうでもいい些末な事だ。
そうだろ?
俺、今鹿風谷いましかふうやは高校最後の夏を迎えようとしていた。
初夏の熱気で自転車を走らせる手は滲み、額から喉元に向けて流れ落ちる汗が暑苦しさをさらに増長させる。
不快指数は大分高めだか、しかし心は踊っていた。
満年県地区予選二回戦止まりだった我が弱小剣道部が今年は決勝まで勝ち上がったのだ。
次の試合に勝てば初の県大会出場が決まる。
自慢では無いがその快挙に貢献して居るのは間違いなく俺だろう。
1年、2年の時、力及ばず悔しい想いをした俺はトレーニング法を大きく変えた。
剣道だけでは無く、空手、柔道、ボクシングの道場やジムにも通い徹底的に肉体改造し唯の剣道選手から総合格闘家にクラスチェンジを果たしたのだ。
結果、以前より力も速さも増し試合でも結果を出せている。
そして今日はいよいよ地区予選決勝、夢に見た日本一の剣道家、いや、史上最強の男への第一歩を踏み出すのだ。
会場に向かい意気揚々とペダルを漕ぎ、ケイデンスを上げようとしたその時、ズボン右ポケットがバイブレーションした。
「ん?誰だ?」
俺は自転車を一時停止させスマホを取り出す。
【今日はいよいよ決勝戦だね♫私も部活が有るから会場には行けないけど、応援してるよ♫頑張ってね!ファイト!!】
メールを見て思わずニヤケてしまった。
中学2年までとある病を患っていた俺は友達はおろか女の子なんかとは超絶無縁な孤独な日々を過ごしていた。
しかし中3のクラス替えの日、俺に雷が落ちたような衝撃が押し寄せたのだ。
その娘は今まで見た有象無象の女達とはあからさまに別次元だった。
靡く黒髪、淡い肌、小鳥の囀りのような細く高い声、愛らしい表情のその娘に俺は一瞬で恋に落ちた。
そして病から卒業し、その娘に見合うような男になる為に行動を開始した。
同じ高校に行く為に今まで適当にこなすだけだった勉学に励み、その娘を守れる強い男になる為に剣道を始め、仲良くなる為に会話術を学んだ。
その甲斐有って今ではメールをやりとりしたり休日にはデート、、、とまでは行かないが複数人で一緒に出かける仲になった。
もし、もし今日の試合に勝利する事が出来たら・・・俺は彼女に告白する。
史上最強にはまだまだ程遠いけれど、彼女と付き合う事で俺はもっと強くなれる気がするんだ。
【メールありがとう!絶対優勝するよ!もし優勝出来たら君に言いたい事があるんだ。次の日曜日、会えないかな?】
今思えば改めて言うまでも無くこんな文章の書き方では想いはバレてしまっていたのでは無いだろうか?
しかし恋愛経験値0の俺にはそんな事解る訳もなく・・・浮かれて送信ボタンを押したのだった。
スマホをポケットにしまい、再び地区予選会場に向かい自転車を走らせる。
信号を3つ程越えたあたりで再びポケットが振動した。
あの娘からの返信かな?
日曜日、会ってくれるのだろうか?
期待に胸を膨らませ右ポケットに手を入れようとして異変に気がつく。
「あれ?これメールじゃ無くて着信じゃないか。」
メールと着信、両方ともバイブ機能に差は無いのだから解らなくても仕方がないよな。
「誰からだろう?」
と、思わず独り言ちているのは、もちろんあの娘、植野歩女からの着信を期待している恋愛童貞の俺のコントロールできない恋心故である。
しかしその期待はあっさりと裏切られた。
ディスプレイに表示されている名前は植野歩女の友人、休日にグループで出かけているメンバーの1人、崖野宗子だ。
「何だ?なんで宗子が?」
まさか、さっきの歩女へのメールが宗子に伝わっているのか?
良い予感と悪い予感が綯い交ぜになり心がドギマギする。
俺はおそるおそるスマホに手をかけ通話ボタンを押した。
「も、もしもし・・・」
「もしもし、風谷?私、宗子だけど。」
宗子の声から緊迫感を感じる。
嫌な予感がする。
早くこの電話を切り上げたい。
「ああ、どうした?今試合会場に向かってチャリこいでるんだけど、急用か?」
「風谷、あんたさ、最近歩女にチョッカイ出しすぎなんじゃ無い?」
ギクっ!!
ドクン ドクン ドクン
心臓の鼓動が高鳴る。
何か嫌な事を告げられる予感がする。
早く電話を切りたい。
「な、何の事だよ?」
「誤魔化したってダメだからね!ミエミエなのよアンタの魂胆は!!」
「魂胆って何だよ?それにお前には関係ないだろ!?」
お互い語調が荒くなる。
「いつもイヤラシイ目で歩女の事ジロジロ見てるじゃない!歩女だって迷惑だって言ってるんだから!!」
雷が落ちた。
全身が痺れて血の気が引いていくのがわかる。
「あ、あゆ・・・植野が、そう言ったのか?」
「そ、そうよ!!歩女嫌がってるんだからね!!・・・だからもう歩女にチョッカイ出しすの辞めなさいよ!!・・・それで、私と」
プツッ。
俺は徐にスマホの終話ボタンを押した。
押す力が強すぎてスマホカバーにヒビが入る。
ああ・・・こんなにもアッサリと、アッサリと打ち砕かれてしまうのか。
想い。
初めての恋。
愛。
頬から大粒の涙が零れ落ちた。
数秒後。
再びポケットが振動した。
着信表示もメール通知もない。
しかし、バイブレーションしているのだ。
それでころか、右ポケットだけでは無く世界全体がバイブレーションしている。
「???」
本能がヤバいと告げて来るが、今の俺にはどうでもいい事だ。
いっそこのまま世界が歪んで、全て無くなってしまえばいい。
バイブレーションは次第に強く、激しくなり・・・最後には目の前が真っ白に染まった。
そして俺は、俺の意識は、その時を境に肉体から離脱し、2度と戻ることは無かった。
「ああ・・・どうせなら・・・直接あの娘に・・・言って欲しかったな・・・。」
「目覚めなさい。目覚めなさい。」
声が聴こえた。
真っ白・・・いや、真っ光とでも言うのか?
眩しすぎて何にも見えない空間に飛ばされた俺の混濁とした意識は、目の前にいるであろう得体の知れない声の主によって覚醒させられた。
「…?」
「やっと起きましたか。貴方は今から新たな世界へ転移するのです。」
頭がうまく働かない。
「私の名前は転移神てんいしん。この地とかの地を結ぶ架け橋の役割を果たす者。今から貴方の意識はかの地に飛び、そして2度と戻ることは無いでしょう。」
言葉が入って来ない。
転移神が続ける。
「かの地に渡る際、貴方は貴方の理想の力を経るでしょう。こちらとは違いかの地は不条理で危険も多いでしょう。時には死ぬ想いをしたり、実際死んだりするかも知れませんが、理想の力を上手く使い目的を果たして下さい」
理想の…力?
死ぬ?
…どうでもいいな。
「さあもう時間が有りません。さっさと行きなさい。」
めんどくさい。
もう動きたく無い。
何もしたく無いんだ。
「さあさあ異世界へレッツゴー!!」
やたらテンションの高い声がただただ疎ましい。
少し黙ってくれないか?
「あーめんどくさいめんどくさい、説明するのもめんどくさい。帰って寝よう、ふああああぁ。」
俺の気持ちを知ってか知らずか、無責任で投げやりなボヤキ声を発して自称転移神は姿を消した。
…そして、、、
再び目覚めると、俺は大理石の壁で覆われた20m四方位の部屋に居た。
足元には魔法陣のような模様が薄暗い闇の炎で描かれていた。